0人が本棚に入れています
本棚に追加
3
(ーー降ってきたか)
放課後。玄関の外を見ながら、心の中でそう溢す。
周囲の人達は傘を取り出したり、傘が無いことに不満を言ったり、意を決して雨の中に駆け出す者など、様々だ。
ボクはこんなこともあろうかと、常に鞄には折り畳み傘を用意している。フフン、用意が良かろうてw
(ーーあれ?)
カバンから傘を取り出そうと覗き込んだが、何故か傘がない。
(ーーあ、そうか)
以前教科書を取り出す時に、邪魔だから机に突っ込んで、そのままだったんだ。
(面倒だなぁ……)
そう思いながらも濡れ鼠になるのは嫌なので、来た道を引き返して教室に向かう。
3階の自分の教室の前に立った時、教室にはまだ誰かが居る気配がした。
「あー、最悪だなぁ……」
声で誰かわかった、茜さんだ。
「まあまあ……傘を忘れたのはしょうがないじゃん。お母さん達が来てくれるまでの辛抱だよ」
葵さんも居るらしい。どうやら二人は傘を忘れて親の迎えを待っているようだ。
特に気にする理由もないので、ドアを開けようと手を伸ばしてーー
「にしても、今日もオタク君キモかったな~」
ーー茜さんのその言葉が耳に入り、動きを止めた。
「わかる~、朝なんて私がせっかく愛想を振り撒いてあげたのに、ロクに返しもしてこなかったもん」
「え~、葵がせっかく相手してくれてるのに、それはないわ~」
キャハハ、と笑いあう二人の声に、ボクはたたらを踏みそうになる。しかし、自分の存在を悟られないように踏ん張ると、その場から離れようとしてーー
「お姉ちゃん、なんでオタク君に構ってるの? 正直私、お姉ちゃんが付き合ってなきゃオタク君無視したいんだけど」
ーー足がその場に貼り付いたように動かなくなった。
「やめろ、聞くんじゃない」と本能は警告を発していた。
今立ち去って、明日何も聞かなかったことにしていつも通りに過ごせば平穏な日常は維持できる。
下手な希望をーー期待なんて持たずにさっさと耳を塞いで、何も見ずに、何も言わなければいい。
頭で冷静にそう思いつつも、体は二人の会話に聞き耳を立ててしまう。
「ん? 前にも言ったじゃん。利用出来るからだよ」
ーーーー。
「オタク君はクラスで浮いてる。表立ってイジメられてはいないけど、露骨にシカトはされてる。
そんな【クラスに馴染めない奴】に【仲良くしてあげる優等生】は、イメージアップ繋がるじゃん?」
「でもそれ、オタク君のイメージは悪くなるよね? 【せっかくお姉ちゃんが相手にしてるのに、無愛想な奴】って」
「知ったことじゃないよ~、私には何のデメリットもないし。むしろ、【邪険にされて可哀想】っていう同情票でもっと都合がいいしね」
ーーーー。
「それに、オタク君は必死にクール気取って渋々従ってる~みたいな態度とってるけど、女の子に相手されて内心嬉しいから私のご機嫌取りのために従順になってくれてるしね。お陰で面白い本を借り放題」
「うぇ、それキモいな~。お姉ちゃんよく平気だね?」
「いやー、面白いじゃん? 他人を好き勝手操るってさ」
「そういうお姉ちゃんだから私は大嫌いだぞ」
「奇遇だね、私も葵の腹黒いところは嫌いだよ」
ーー教室から聞こえる姉妹の笑い声。
ボクは冷えきった頭でその場を音もなく立ち去った。
最初のコメントを投稿しよう!