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 雨の中に飛び出す気力も無く、フラフラと校内を歩き回り図書室に辿り着く。  幸い図書室には誰もおらず、ボクは奥の方の机に向かって歩き、腰かける。  ーー背もたれに体重をかけて、ボーッと天井を眺める。  天井にシミが人の顔のように見えるシュミラクラ現象で現実逃避を図ろうとして、そんな考えをしていること自体、現実逃避に失敗しているという事実に気が付いた。 「ーーそっかぁ……全部、バレてたかぁ……」  ポツリと、そう口から漏れてーー 「ーーそっかぁ……」  両手で頭を覆い、手首で目を抑えて涙を堪えようとする。  誰も居ない室内に、キモオタのすすり泣く声と雨音だけが響く。  恥ずかしいやら情けないやら悔しいやら、そんなグチャグチャになった感情がボクをかき回す。一度せきを切った感情は抑えられずに暴れまわる。  明日からどんな顔して過ごせばいい? 元より隠せていなかったのに、あんな言葉を聞かされて、取り繕える自信など、ボクには無い。 「ーーあぁっ……ぁぁぁっ……」  心の片隅で、茜さんを友達だと思っていた。  けど、茜はボクを利用していただけだった。  気になっていた葵さんにも嫌われていた。  いや、元より好かれる要素など無かった。  だが、それならせめて、気にかけられない方がマシだった。 「ーーふっ、ぐぅっ……」  声を抑え込んで、呼吸を止めて、人目につかぬように、  こんな無様な姿、誰にも見られたくなかった。 「ーーあら、あらあらあら?」  ーーそんな声が聞こえて、ボクは声のした方をハッと振り向いた。 「泣き声が聞こえて見に来てみれば、どうしたのかしら?」  烏の濡れ羽色の腰まで届く髪を持つ、背の高い女性ーー恐らく上級生であろう彼女は、落ち着いた声でそういった。  涙でグシャグシャになった顔を慌ててゴシゴシと袖で拭い、 「い、いえ、なんでもーー」 「声を圧し殺すくらいにえずいていて、「なんでもない」は流石に無理があるわね」 「うっ……」  と、誤魔化そうとしたボクの言葉にツッコミを入れる。 「……あの、どこから現れたんですか?」 「あらあら、今度は話題を変える作戦? 転換が下手くそすぎるわよ?」 「うぅ……」  流石に露骨すぎてバレたボクの浅い思考に、クスクスと笑って返される。 「受付の奥の図書準備室、そこで本の整理をしていたの。そうしたら貴方の泣き声が聞こえてきたから様子を見に来たのよ」  しまった……冷静に考えれば図書室が開いていれば、誰かが居るのは当然だ。見える範囲に誰も居ないから油断していた。 「ーーそうねぇ」  先輩と思わしき人は、ボクの席の前に座り、 「私で良ければ、話してみない? 暇潰し程度で良ければ、聞いてあげるわよ?」  そういって穏やかに微笑んだ。 「いえ、その……」  いくらなんでも、見知らぬ相手にクソ情けない事情を話すのは気が引ける。 「溜め込むより、吐き出してしまう方が気分はスッキリすると思うわ」 「でも、その……恥ずかしい話ですし……」 「あら、もう泣き顔も見られているのだから、手遅れじゃないかしら?」 「それは……」  確かに、言われてみれば既に恥ずかしいところを見られていた。 「どうせ恥のかき捨てをするなら、洗いざらい吐いてしまうといいんじゃないかしら?」  ーー先輩の言葉は優しく、とても魅惑的だった。 「……そう、ですね」  その優しさに甘えて、ボクはここまであったことを洗いざらい吐いてしまう。  友達だと思っていた相手に利用されたこと、好きな子が自分を嫌っていたこと。  ーーその事実をたまたま立ち聞きしてしまった事を全て、事細かに話してしまった。 「ーーふむ」  先輩は黙ってボクの話を聞いていた。  ーー端から聞けば、情けない話をしていると思う。ボクは好かれる努力をしたわけでもないし、遠ざけようとすらしていた。  だが、実際に現実を突きつけられるとこれである。みっともなく狼狽して、勝手な期待を裏切られたと思い、挙げ句の果てに出会ったばかりの先輩の好意に甘えている。  話しているうちに頭が冷え、そんなふうに思っていた。先輩はこんな話を聞いて、呆れているかもしれない。 「ーーそれで?」 「え?」  先輩は真顔で、そう聞いてきた。ボクは何を聞かれているのかわからずに、マヌケな返答を返す。 「経緯はわかったよ。それで、君はどう思ったの?」 「どう、って……」 「私には、君がどう思っているのかが伝わってこないわ。もちろん、月並みな想像は出来るわよ。でも、君は敢えて、【それ】を隠して、淡々と事実を述べているだけのように見えるの」 「…………」 「今だってそう。本音に蓋をして、大人ぶって冷静になろうと努めているように見えるわ」  ボクは先輩の指摘に反論出来なかった。ーー事実だったから。 「だから教えて? 貴方は、本当は、どう思っているの?」 「ーーーー」  先輩の言葉が、ボクの心にーー理性にヒビを入れたような気がした。 「ーーだって、しょうがないじゃないか!!!!!」  そのせいか、ボクは声を荒げて叫ぶ。 「ボクが勝手に舞い上がって! 都合の良い言い訳や態度ばかりとって!! それを自分勝手に恨むなんて、そんなのーー  ーーカッコ、悪すぎるじゃ、ないか……っ!!」  ーー既に十分カッコ悪かった。  優しく親身になってくれた先輩に、八つ当たりのように叫んで、何をやっているんだろうか、ボクは…… 「ーーそうね」  先輩はボクの態度に動揺した様子もなく、冷静にそう言った。 「うん、確かに貴方の言う通り。自分勝手に期待して、私にも八つ当たりして、格好悪いわね」 「…………」 「だから、敢えて言わせてもらうわね。  」 「ーーえ?」  ドクン、と。  先輩の言葉が心に染み込んでくる。 「そもそもね、貴方は自分が悪いって思い込んでるけれど、冷静に考えてみて。  ーー貴方は、彼女達に自分から近付いて行ったの?」 「ーーあ」  ーー違う。  声をかけてきたのは、向こうだ。 「確かに貴方は都合よく思い込んでたでしょうけど、そう思わせる素振りをしたのは、誰?」  ーーそうだ。  茜さん達は、ボクに合わせて演技をしていた。 「その結果、貴方は心を殺して、私に八つ当たりするハメになった。それは、誰のせい?」  ーー決まっている。  朝倉姉妹のせいだ。 「ねえ、キミーー  復讐したいとは、思わない?」  ーーその言葉は、毒のようにボクの心に響いた。  先輩は先程までの穏やかな表情ではあったが、  まるで三日月のような厭らしい笑みと、濁ったような漆黒の瞳で、そう提案してきた。  ボクは、その表情に、 「したいですーーとっても」  おそらく同じような表情で、そう答えた。
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