あるエッセンシャルワーカーの呟き

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 人間のように、「魂」や「心」を持つわけではない。  それなのに、人間と同じように、彼らにそれがある、ということを無意識の内に思い込んでいた。  でも、それを。  戯言だ、と切って捨てるには、今の社会は荒れ果てていた。  低年齢化した、犯罪の多発。  誰かが困っていても、皆「自己責任だ」と思って、返り見ることもしない。  それは、「誰」のせいなのか。  どうして、そうなって行ったのか。 「なあ……引っ越しをしないか」  椅子に座り込んだ夫は、温かいお茶を入れてくれる妻に、そう言った。   妻のお腹には今、小さい命が宿っている。 「え? どうしたの、急に」 「人間が教師をしている学校が、小さい島にあるって言っていただろう? その島に、引っ越ししよう」 「いいの? 前に話していた時は、嫌がっていたじゃない。不便になるって」  妻は突然の夫の提案に、戸惑いながらも嬉しそうな表情になる。  怖くなったからだ、とは妻には言えなかった。  無機質なものから、無機質なものを作り出しそうで。  けれど。  絶対に、そうはさせない。  そう思いながら、夫は妻のお腹に手を当てた。
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