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「うん。決めた。降りるわね」
降りる?
「何言って……」
言葉の意味が理解できなくて聞き返そうとしていた時、マネキンの白い顔が暗闇に浮き上がった。
喉の奥に手でも突っ込まれたぐらいの違和感。
叫びたいのに声が出せない。
(田吾作さんっ)
心の中で呼びかける。
そんなこと意味がないのに。
マネキンとの距離は二、三メートル程。
絶望的な状況に田吾作さんの首に回した手に力を込めた時だった。
突然感じた浮遊感。
それと同時に生じた強い重力に、わたしの体が吸い寄せられていく。
崖の下にある、真っ暗な穴の中に向かって。
ごおおおっという強い風の音が一気に耳に飛び込んできた。
顔が、体が、空気の抵抗を受け地味に痛い。
自分の体が身長の倍以上の高さから落下しているという現実に、わたしは声も出ないほどのショックを受けていた。
なのに、目の前にいる奇人は大きな瞳をくりくりと輝かせている。
ああ、このままわたしは死ぬんだ。
わけのわからないイケメンに巻き込まれて。
恨みがましい気持ちで目を閉じた。
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