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「黙ってなさい。舌、噛むわよ」
呼吸の乱れひとつもない田吾作さんの声に、わたしは慌てて口を噤む。
項垂れ、混乱する頭を必死に働かせようとしたが思考の整理すらできない。
気になって顔を上げると、マネキンが停止しているのが見えた。
田吾作さんに助けられてなかったら、今頃どうなっていたのか……
マネキンの姿はどんどん小さくなっていく。
自分が陥った状況すら理解できないわたしは出会ったばかりの男性に抱きかかえられ、暗闇の中を突き進んだ。
理不尽なゲームが既に始まっていたことも気づかずに。
わたしを抱いたまま、飄々とした顔で走る田吾作さんを見上げる。
足場が悪いところを走ってるのに、息切れひとつしてない。
「ど、どこ行くの!?」
激しい揺れで舌をかまないように気をつけながら尋ねると、田吾作さんはちらっとわたしを見た。
いや、ちゃんと前を見てほしい。
「さあ?」
「さあって……」
抱えてもらってる分際で申し訳ないけど、不安しかない。
そんなわたしの表情に気づいたのか、
「安心しなさい。落とさないから」
と慰めの言葉をかけられた。
「あ、ありがとう」
「うん」
人生初めてのお姫様抱っこ。
状況がスリリングすぎる。
田吾作さんは、どんどん細い道に入っていく。
そのうち行き止まりになるんじゃ……と思った時、田吾作さんが急停止した。
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