261人が本棚に入れています
本棚に追加
2
「お、爽やか王子、珍しいなこんな時間に」
ちょうど外回りから帰って来たのか、同期の営業がオフィスに入ってきた。
オレの顔を見るなり、嫌な呼び方しやがって・・・。
「なんだよ、その呼び方」
「お前の影での呼び名だ。知らなかったのか?」
・・・知らなかった。
入社して十年経つが、一体いつからそんな呼び名が・・・。
大体、オレにあるならこいつにだって別の呼び名がありそうだが・・・。
顔良し、仕事良しの営業のトップなんだから。
「お前にはないのか?」
そいつは器用に片眉を上げて『知らん』だと。ま、影での呼び方は往々にして本人の前では呼ばないからな。
オレも今まで知らなかった訳だし、そんなものか。
でも、オレが『王子』ならこいつは『暴君』か?
この男は時に、周りをねじふせて自分を押し通す。こんなのがなぜ営業トップなのかと疑問に思うが、そこは彼の手腕なのだろう。
そんなことを考えていたら、突然変なことを言い出した。
「ところで、お前のとこのアシをくれ」
急になんだ?やるわけないだろ。
「お前のとこにもいるだろ?」
営業にはみんなついてる。特にトップのアシスタントが優秀でないはずがない。
「あの真面目メガネ・・・そっちのワンコと交換しろ」
ワンコ、て・・・。
「・・・なんだよ、いきなり」
何を言い出すんだ。
「見ててもつまらないんだよ。どうせ連れて歩くなら見てて楽しい方がいいだろ」
確かにこいつのアシスタントは真面目を絵に書いたような男だ。
でもそうなったのは、こいつが昔、アシスタントに手を出したからではないか。
元々性欲が強い割に特定の恋人を作らなかったこいつは、複数のセフレを持っている。週末は必ず彼女たちと楽しんで、再び始まる一週間に備えていたのだ。
しかし、そんな事情を知らない当時のアシスタントが、こいつに迫り、またあっさり抱いてしまったことで一悶着あった。要するに、恋人になったつもりが実はセフレであり、しかも、複数いるうちの一人だったという事を知ったのだ。その時の彼女と言ったら・・・泣くは喚くは暴れるはで、当時は大変な騒ぎになった。
それ以来、こいつに付くアシスタントは何も問題が起きない、真面目な男になったのだ。
「見てて楽しい・・・て、お前の好みじゃないだろ?それに、いくらかわいくても男だぞ」
そう、こいつの好みは綺麗なお姉さんタイプだ。あの子はかわいい子犬系だから全くタイプが違う。それにこいつはノンケだ。
「確かに以前、もろオレ好みの顔の男に誘われて乗ってみたことがあるが、ムリだったな」
・・・乗ってみんなよ。
「男の方が持久力あるし、そっちの方がイイらしいからな。でも、相手の勃ち上がったものを見た時、一気に萎えた。それ以来女しかやってない」
「・・・女に不自由してないんだから、わざわざ男に手を出す必要は無いだろ」
それもうちのアシスタントなんて、以ての外だ。
「そうだが、取ってみたくないか?あの仮面」
そう言ってニヤリと笑う。
さすがは営業トップ。あの子の猫の皮に気づいてたか。
「あの子の素顔を見てみたい。本当はどんな顔して泣くんだろう。見たくないか?あのかわいい顔がどんな風に歪んで涙を流すのか」
そう言って、口の端を上げたこいつの顔が少し怖い。
それって、泣かせたいて事だろ?
「・・・うちのアシには手を出すなよ。ましてや泣かすのはダメだ」
男に手を出すとは思えないけど、なんか引っかかる。
「結構かわいがってるんだから、絶対に手を出すな」
オレはもう一度釘を指した。
最初のコメントを投稿しよう!