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金曜日。
いつもは出先から直帰するのだが、今日はうっかり会社に置いておくはずの書類を持ってきてしまっていた。
面倒だが一度戻るか・・・。
退社時間あと少しという時間に会社に着くと、彼はまだ仕事をしていた。
そう言えば、オレが金曜日のこの時間に会社にいることは珍しい。
「あ、お帰りなさい」
オレに気づいてこちらに向けた顔がいつもより明るい。
「なんだか楽しそうだね。このあとなにか予定でもあるの?」
花の金曜日。デートでもあるのかな?
「いいえ。家に帰るだけですよ」
その割にはいつもより楽しそうだ。待っている人でもいるのかな?
恋人はいないって言ってたけど、実はいるのかもしれない。彼が毎日持ってくるお弁当はかなりレベルが高いと聞いたから、一緒に暮らしている人がいるのかも、なんて、邪推していたら心を読まれたのか、はにかみながら否定された。
「実は家に、一週間頑張ったご褒美を用意してるんです」
そのために今日は残業もしません、とふわふわ笑った。
その笑顔はやっぱりいつもと違っている。少し素顔が覗いているようだ。
「どんなご褒美なの?」
こんな顔をするくらいのことってなんだろう?と思わず聞いてしまったら、少し踏み込み過ぎたようだ。
「内緒です」
いつもの笑みに戻ってしまった。
本当になかなか距離を縮めてくれない。まあ、これくらい硬いガードだから、今まで無事でいたんだろうね。
今まで無事、と言えば・・・。
「そうそう、先週の金曜日は合コンに行ったって聞いたけど、珍しいね」
そう、今までそう言う誘いは一切受けたことがない。合コンどころか、上司の飲みの誘いも忘年会も、社外の付き合いはいつも断っていた。
なのに、いきなり合コンとは・・・。
「あぁ、あれはただの人数合わせです。行くはずだった女の子が病欠したんで、勿体ないから来ないか、て」
何でも、うちの女の子が一人病気でいけなくなったけど、その人数で予約してしまってるから、代わりに来ないか、と誘われたらしい。
「費用ももう払い済みだからタダでいいって言うし、そもそもオレ、女子の代わりなんで全くその会に参加しなくてよかったんです。タダでご飯食べられてラッキーでした 」
にこにこしながらそういうけど、多分相手の男の子たちはしっかり、君も合コンのメンバーとして見てたと思うよ、とは言えなかった。
まあ、うちの女子たちは、何故かこの子を他の男子社員から守っているので、その時も彼女たちが彼を守ったんだろう。
ああ、だからこの子は今まで自分の魅力に気づかなかったのかもしれない。いつもこうやって、誰かが彼を守ってきたんだ。本人の知らないところで。
願わくば彼はこのまま変わらないで欲しい。そして、いつか愛する人と出会って幸せになって欲しい。
・・・ついつい、親戚のおじさんのような心境になってしまった。オレも歳かな・・・?
そんなことをしてる間に退社時間になって、彼は足早に帰っていった。
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