竜宮への帰還

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 竜宮と呼ばれる西海の王国は、神獣である竜族が統治していた。竜族の中でも赤龍という種族が最上格で、代々王位を継承している。  赤龍族は海のみならず、山河や空に至るまで、あらゆる空間世界の森羅万象を司る能力を有していた。赤龍族以外にも竜族はおり、その殆どが各自の能力に応じた役割を持って、王の統治のもと暮らしている。神獣としての能力を持たない一般の民は、それぞれが人間と同様に家族単位での生活を営んでいた。  西海には竜族以外の種族も多く、力の強い神獣も存在する。赤龍族といえども、強力な他種族に対する威力を示さねばならず、軍備は必要であった。竜宮の王政が安定していると、神獣同士の争乱は抑制され、民の生活は安定するのだ。  竜宮の軍備は、国内と国外に対して分けられており、国内の治安部隊は一般の民から成り立っていた。主に、竜宮の規律や威容を保つのが職務とされている。この部隊は、戦闘能力の高い神獣には太刀打ちできないため、国外に向けた防備には神獣を将とする軍隊が配備されている。国外の敵とは、東方の東海竜王、南方の獅子王、北方の冥王であった。特に同じ竜族の支配する東海と争いが頻発しており、長年、互いに虎視眈々と権力拡大を狙っていたのだった。  その日は彼方の海面から差し込む日差しが、光のカーテンのように海中をひらひらと舞っており、小さな子供の竜の目にも美しく映った。  母の鬣の下に隠れていた小さな竜は、まどろむ母竜の気づかぬまま、ゆらゆらと漂い出て、生まれて初めての海面のその向こうの世界を目の当たりにしたのだった。  暖かな風が吹き、空と雲が広がる光景に、小さな竜はすっかりはしゃいで、ぴょんぴょんと海面を跳ねまわった。そうすると、まるで空中を飛んでいる気分になる。  もっと、高く、高く飛びたい!  その時、突然に小さな竜に向けて黒い影が舞い降りて、あっという間に小さな体が鋭い嘴で貫かれた。子供の竜は一瞬瞼の裏に母竜の面影を浮かべ、そして意識を失った。  その後、どれだけ時間が経ったのか、次に目覚めたときは、その人の手掌の上だった。  貫かれた傷がすっかりと癒えて、自分の身体が温かく生気に満ちているのが感じられた。身動きすると、傷はまだ痛む。それでも、あの海鳥の襲撃から奇跡的に助かったのだと分かった。  手のひらに乗せられた、小さな自分に向かって、その人は笑いながら語りかけた。 「痛むか? 己の油断への戒めとして、しばらくその痛みは受け入れよ」  厳しい言葉だが、手のひらから伝わる温かさは、ゆっくりと小さな竜を癒してくれている。 「二度と海鳥に狙われぬように、お前の姿が燕に見えるようにしておこう……」  そして、自分を守る術をかけてくれたその人は告げたのだった。 「小燕よ、良く育ち、そして猛き竜となれ」    ―続く―
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