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暑い時期には冷たいドリンクが、寒い時期には温かいドリンクがよく売れる。 それは、冷暖房がよく効いているパチンコ店内でも同じだった。 冬になると、熱々のコーヒーはもちろんのことココアもよく売れた。 私達が売っていたのはインスタントのココアで、お客から「ココアちょうだい」とオーダーが入ると、紙コップに粉末のココアを入れ、ポットのお湯で溶かすというものだった。 ただ、見栄えとして、ホイップクリームは格好良く乗せていた。 こんなことがあった。 手慣れた手付きでパチンコを打っていた、南米系の中年女性からココアの注文が入った。 オーダーを聞いたのは私だが、女性から「甘くしないで」という要望があった。 当時販売していたココアは、粉末そのものに甘味が入っており、味の調整が出来なかった。 思いつくことは、せめてホイップクリームを乗せないこと。 しかし、それでは「甘くしないで」にならない。 女性の様子をチラリと見ると、パチンコに夢中になっており、釘の間をカラカラと落ちていく玉の様子を、ギラギラとした目つきで睨んでいた。 ハンドルを握る手にも力が入っており、舌打ちもしていた。 ここで「できません」なんて言えるわけがない。 困った私を助けてくれたのが、コーヒーレディの中で一番年上の「お姉さん」だった。 お姉さんは、ココアの粉末を規定量より少なめにスプーンに取り、それを少量のお湯で溶かした。 次に、「カフェモカ」の材料として置いてあったチョコレートソースを足し、またお湯で伸ばしていった。 チョコレートソースも甘味があったのだが、単にお湯で薄めたココアよりかは香りが抜群に良かった。 お姉さんは出来上がったドリンクをトレーに乗せ、颯爽と女性のもとへ向かっていった。 「こちらでいかがでしょうか」 と、女性に味見をしてもらったところ、女性も満足した様子でお姉さんのココアをそのまま飲み続けた。 「海外と日本では、甘さの基準が違うのよ。あれぐらいなら大丈夫」 そう、お姉さんは私に説明し 「また注文してくれるかもしれないから、作り方、引継ぎしておこうね」 と、アフターフォローまでしてくれた。 こんなに知識があって機転の効く人が、なぜここでコーヒーを売っているのか気になった。 「前は商社に勤めてて、海外にもよく出張してたの」 お姉さんは自分の経歴をポツポツ語ってくれた。 国立の大学を卒業し、とある大手商社の営業職として勤務。 順調に仕事をこなしていたのだが、妻子ある上司と関係を持ってしまった。 何も望まない関係ではあったものの、奥さんにバレた。 そこから会社にも連絡が入り、「会社の風紀を乱した」と、解雇されてしまった。 退職金などもらえるわけもなく、実家に帰るわけにも行かず、そこそこな退職理由に再就職先もなく、このアルバイトを始めたという。 その後、その上司とは連絡もとっていないとも言っていた。 「頑張って勉強していい大学入って、大きな会社に勤めたけど、友達いなくて。優しくされてついその気になって。」 当時の心境を振り返るお姉さんは、節目がちで陰鬱とした影があった。 まだ子供だった私は、不倫という大人の事情に理解できないでいた。 人様のものをとるなんて泥棒だと。 盗った方が悪いのだと思っていた。 だから、お姉さんに「どうやってバレたの」と意地悪な質問をした。 するとお姉さんは 「家まで行った」 と、告白。 大胆な回答に度肝を抜かれた。 「だって、ずるいじゃない。人のこと『好きだ』なんて言っておいて、自分は奥さんと子供のところに帰るのよ。また何食わぬ顔で次の日会うのよ、『おはよう』って。だから、家まで行って、インターホン押して、出てきた奥さんを見てやったの。上から下までジロジロと」 お姉さんは意気揚々とその奥さんの様子を語り出した。 「ジャージで出てきて、髪も化粧もボロボロで。どこがいいんだ、こんな女って思って」 気分が高揚していたせいもあり、とても早口になっていた。 冷静にお客の対応をしていたお姉さんとは思えない変わり様だった。 「そしたら、奥さん、気が付いて。会社に連絡したの。私はクビ。みんな私のせいにしたわ。『誘惑したのは君だ』って。」 お姉さんはタバコを一本取り出し、火をつけた。 「でも、せいせいした。彼は出世コースから外れたの。一生、会社という檻で後ろ指差されて過ごすのよ。ざまあみろって。女だけのせいにするなって」 お姉さんが大きくフーーっと吐き出したのは、タバコの煙だけではない、そんな気がした。 「人を好きになったら周りが見えなくなるのよ。でも、一番見えなくなるのは、自分自身なのよね」 甘い経験もなければ、苦い思いもない。 ただ単調に生きてきた私は、何も言うことができない。 話し終わったお姉さんに「吸っていい?」と、タバコを一本もらって、私も火をつけた。
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