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高校を卒業した私は、志望校であった地元の私立大学の法学部へと進学した。 桜の花が舞う温かな光がとても眩しく、お気に入りのスカートを履いて初登校をした。 「将来の夢は法律家」と期待に胸を膨らませ、駅から大学への道をパンプスの踵をカツカツと、わざと大袈裟に鳴らして歩いて行った。 しかし、現実は甘くない。 大学には、自分よりも優秀な学生が大勢いた。 代々法学者という家系の学生もいた。 ギリギリの成績で合格を果たした自分の力量を、入学僅か一ヶ月で思い知った。 講義についていけなくなった私からは、友人たちも離れていった。 いや、最初からいなかったように思える。 講義もサボるようになり、その時間をカフェで同じく不貞腐れた人達と過ごすようになった。 意味もない会話を、結論のでない話をしては、そこを自分達の居場所にしていたのだった。 そんな不良人間が大学に長くいられるわけもない。 2回生の春、退学届を提出した。 大学進学しか考えていなかった人間に就職先などあるはずもない。 受験勉強に時間を費やしていたのだから車の免許も取っていなかった。 履歴書に書ける資格といえば「英検2級」のみ。 大学を辞めた私への親の怒りも激しく、親の信用を回復しなければならないこともあり、まずはアルバイトをして月の生活費を家に入れることを目標とした。 探したアルバイトは「簡単・高時給」。 それまでのアルバイト経験は数える程しかない。 本屋の店員、ファミレススタッフ、持ち帰り寿司の販売員。 全て、「ほぼ立ってるだけ」で過ごしてきたのだ。 スキルを磨くことはできないが金は欲しい。 そんな人間であったため、このような仕事の探し方となったわけである。 アルバイト情報誌で見つけたとある求人が、そのときの私の目に止まったのだ。 そのアルバイトとは、繁華街にあるパチンコ店でのコーヒー販売スタッフ。 パチンコ店内でコーヒーワゴンを出し、一杯200円のカップコーヒーをパチンコを打ちに来たお客に売るのだ。 その繁華街は地元でも特に賑やかな街。 様々な人間が行き交う街であることもわかっていた。 しかし、昼のアルバイトでコーヒーを売るだけで時給が1,800円。 こんな簡単な仕事はないと即決。 情報誌に記載されていたコーヒー会社に電話をすると、すぐ面接の日程が決まった。 面接は、勤務先となるパチンコ店の近くの事務所で行われた。 とても簡単な面接で、担当した男性社員は自己紹介をした後、私の年齢と接客の経験があるかどうかしか聞かなかった。 持参した履歴書は一瞥したにすぎず、口頭での面接で終わった。 美しく丁寧に、と書いた履歴書であったが、男性社員の簡素な扱いに、少し肩を落としたのを覚えている。 面接を受けるとすぐ採用してくれた。 人手が足りなく、すぐにでも働いてくれる人間を探していたというのだ。 採用にあたって、戸籍謄本を用意するよう指示があった。 取引先であるパチンコ店への届け出に必要とのことだったので、役所へ行って慣れない言葉で戸籍謄本を用意した。 コーヒー会社のアルバイトとはいえ、働く場所が風俗営業店であることもここで理解した。 働いたのは面接の翌日。 朝9時に事務所へ向かい、男性社員に「採用ありがとうございます」と簡単に挨拶をした。 そして、戸籍謄本の提出とアルバイトとしての入社手続きを行い、ユニフォームに着替えた。 ユニフォームは白いブラウスとボルドーのキャロットスカートのカフェスタイル。 キャスケットみたいな帽子や、チェック柄のスカーフもあった。 「よく歩く仕事だからね」 という男性社員のアドバイスもあり、靴は持参した黒のローファーにした。 腰に巻いたサロンのポケットにメモ用紙とボールペンを入れ、持ち場であるパチンコ店内へと入った。 パチンコ店内に入るのは初めてではない。 大学時代、カフェで一緒に不貞腐れていた仲間がパチンコにのめり込んでおり、よく迎えに行っていたのだ。 パチンコ店内の轟音とも言える派手な音響にも慣れていた。 私がアルバイトをすることになったその店は、主にトランス系の音楽を流していた。 そのパチンコ店の2階のフロア。 ここが私の持ち場だ。 当時流行りのデジタルの台もあれば、昭和世代に人気のレトロな台もある広いフロアだった。 大手のパチンコ店ということもあり、内装もとても煌びやかで清潔感のある設えだった。 コーヒーレディは4人いた。 まず、ピアスを数個開けている「リーダー」。 長年勤めていた会社を辞めた「お姉さん」。 自称「女優」の小柄ぽっちゃりさん。 フリーターの「ギャル」。 私はこの4人に「宜しくお願いします」と挨拶をした。 すると気さくな感じで「よろしく〜」という言葉が返ってきた。 学校という教育機関から逃げ出した私の肩書きは「無職」。 無職となった自分への劣等感。 学校や親から守られることのない人間になったことへの不安感。 自分一人ではないはずだ、と言い聞かし、仕事を始めることにした。
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