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「わんわん」の台に座るお客で、気難しい人は他にもいた。
ママさんのご主人だ。
ご主人はいつも派手な柄シャツにサングラス、頭はパンチパーマ。
昔の任侠映画に出てきそうな風貌だった。
ママさんよりもだいぶ年上に見えた。
ご主人は周りから「社長さん」と呼ばれていて、ママさんより少し遅めに来る。
決まって、ママさんが先に抑えていた台に座るのだ。
台に着くとこの社長さんもコーヒーを注文する。
大きな声で
「姉ちゃん!コーヒー!!」
と、私達を呼ぶのだからすぐわかる。
社長さんには社長さんのパチンコ仲間がいるのだ。
ママさんと同じように、台の番号を伝え現金をコーヒーレディに渡し、コーヒーをそこへ届けるよう指示する。
ただ、ママさんと違うのは、自分もコーヒーを飲むことと、届け先が「わんわん」とは違う列の台であること。
指示された台へコーヒーを持って行くと、背中が曲がったお婆ちゃんが座っていたり、キャップを深く被ったお兄ちゃんが座っていたり、はたまた、タバコのヤニで黄色くなったであろう汚い歯のおじさんが座っていることもあった。
どんなお付き合いなのか詮索しても無駄。
何も考えず、言われたことだけしっかりとすればいいだけなのだ。
とある日。
朝のスタンバイを終わらせた私とリーダーは、少々の休憩をとっていた。
4畳程の小さな休憩室は、フロア内に作られたもので、ドアには"STAFF ONLY"と記載されていた。
本来はパチンコ店の従業員が使用するスペースであったが、店長の許可もあって、私達コーヒーレディも使用することを認められていた。
休憩室のパイプ椅子に腰掛け、パチンコ店従業員達と共に仕事前の一服。
「ハハハ」という談笑と共に、さぁ行こうかというところ、いきなりバンっ!とドアが開けられた。
ドアを開けたのは何と社長さんだった。
「早くコーヒー持って来てくれよ!」
と声を荒げ、私達にすぐ台まで来るよう伝えにこの休憩室までやってきたのだ。
ギョッとした私達はすぐにバタバタとそれぞれの持ち場についた。
その時一緒にいたパチンコ店従業員2人も、驚きを隠せないでいた。
リーダーはすぐにコーヒーを持って社長さんの元へ行き、いつも通りの接客をした。
なぜ、社長さんが朝イチ来て、また、私達の休憩室まで開けたのか?
謎は後で分かった。
この日の前日、社長さんはコーヒーレディの1人である「ギャル」に、現金を渡して伝えた番号の台の人間にコーヒーを持って行くよう指示。
しかし、ギャルが番号の下一桁を間違えてしまい、違う人物にコーヒーを送ってしまったのだ。
たまたま台を離れた社長さんが、相手にコーヒーが配られてないのを見て激怒。
ギャルを見つけるや否や、手に持っていたコーヒーをぶっかけたのだった。
店内は騒然。
事態に気づいた副店長が取りなしてくれたため、それ以上大事にはならなかったという。
コーヒーが冷めていたのが不幸中の幸い。
ギャルは頭からコーヒーまみれになっただけで済んだ。
そのコーヒーの代金は副店長立会のもと、ちゃんとお返ししたという。
おそらく、社長さんは昨日のことが気になっていて、カッとなって怒ったものの、何か思うところがあり、このような行動を起こしたのだろう。
コーヒーを運ぶお姉ちゃん相手に大人気ないことをしたと思い直したのか、それか、「騒いだ客」として出入り禁止になるのを恐れたのか、それはわからない。
その日の午後、だらだらと出勤してきたギャルにリーダーは、休憩室まで社長さんが来たことを伝え、更に詰め寄った。
「昨日のこと、ちゃんと引き継ぎ帳に書いときなさいよ」
「あーし、マジむりだし」
「ブラウス、どうしたのよ」
「コーヒー落ちねーから、自分の着た」
ギャルは頭を掻きながらそっぽを向き、その件に触れて欲しくない様子だった。
まったく、と言うリーダーを尻目にペロッと舌を出したギャルは、ドリンクメニューを持って何食わぬ顔でフロアへと向かって行った。
社長さんはというと、その一件があってからは、台に座っている人の特徴を言ってくれるようになった。
「青い帽子のあんちゃん」
それ以外はいつもと変わらなかった。
もちろん、私達の雇用主であるコーヒー会社にもこの件は耳に入り、社員が副店長の席まで菓子折りを持って謝っていた。
流石のギャルも少ししょげた感じであったが、すぐにいつもの調子で「わんわん」の列を廻っていた。
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