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「保険証一枚で借りれるんですよ」
金に困ったことがあるのか、女優が消費者金融の使い方を休憩中に話したことがある。
コーヒーレディとしての私のアルバイト代は、10万と少し。
親との話し合いで、家に3万を入れることになっていたから、残りは7万ほどだ。
20歳であった私は、初めて労働の対価を戴く喜びを覚えた。
残ったお金で服や化粧品を買うだけ買って、飽きたらまた買って、そして好きな物を食べての繰り返しだった。
ただ、車の免許を取る為に、毎月少しずつ貯金はしていた。
女優の言う消費者金融の話は、とても簡単で便利な言いようだったが、借りた金には利子がつくことをよく理解していないようだった。
「マジ怖くない?」
と、この話しを聞いていたギャルも呆れた様子だった。
そもそも女優という職業も怪しかった。
劇団に所属しているが、小さな劇団であるため運転資金もなく、自身も金を少しカンパしていると語っていた。
ならば、「夜の仕事」に就けばいいのだが、女優はお世辞にも美しい容姿ではなかった。
ずんぐりむっくりとした身体。
靴を引き摺るべたべたとした歩き方。
「お多福」のような愛嬌もなかった。
喋り方や身振り手振りも、どこか特徴のある人間だった。
本人もそれは理解していた様子だった。
なので、時給の高いこのアルバイトを始めることにしたのだと。
ただ、彼女が話す毎朝のレッスンの内容もあやふやだった。
発声練習だけだったり、本読みだけだったり、ある時はストレッチだけして終わった日もあるようだった。
劇団長が自分の男だとも言っていた。
普通なら「うちのチケット買わない?」と、勧誘してきそうなものだが、それもなかった。
夢を追っている本人は自分に酔いしれてうっとりとしていたが、私には追いかけられているという印象しかなかった。
大人になると、自分を客観的に見ることが出来なくなるのか、とも思った。
それに比べると、パチンコ店従業員の羽振りの良さときたらなかった。
今はどうだか知らないが、当時そのパチンコ店では2年目の社員でも月給が、一般企業の2倍はあった。
ある社員がひと月の給料を丸々使って、アメリカ製の大型バイクを買ったという自慢話をしていた。
パチンコ店という遊興施設で働くことは、大変過酷である。
対応が悪いと喚きちらすお客もいれば、意味不明な言葉を話すお客、ハンドルに何か細工をするお客、18歳未満の入場取り締まりもあれば、台替えの日は徹夜で作業。
体力と強い精神力がなければやっていけない。
彼らもまたそんな労働の対価を、豪快に金を使うことで味わっていたに違いない。
パチンコ店従業員の中には、コーヒーレディを邪険に扱う人間もいたが、大半は仲良くしてくれた。
コーヒーをワゴンまで買いにくる従業員もいて、その時は「従業員割引」なるものを適用させて安く販売していた。
中でもコーヒーを買っていた男性従業員で「メガネ」と「ゲーマー」という2人組がいた。
「今日は暇だね」
と、取り止めのない会話をするメガネはカフェオレを、ゲーマーはブラックのコーヒーをいつも注文していた。
リーダーはメガネと仲が良く、普段から休憩室で世間話をしていたが、新人の私は従業員とのコミュニケーションに慣れていなかった。
そもそも腰掛けで始めたアルバイトであるため、他の従業員との仕事以外でのコミュニケーションを拒んでいたせいでもあった。
どうしてわざわざここでコーヒーを買いに来るんだろう、と不思議に思ったりもしていたが、2人がリーダーと仲が良いこともあり、あまり深くは考えず、言われた通りドリンクを社員割引価格で売っていた。
ただ、コーヒーを渡しても長々世間話をして早く立ち去ろうとしないメガネには正直苛立った。
店内には多数の監視カメラが設置されており、従業員である我々も監視されている。
コーヒーレディももちろんだ。
一緒になって仕事をサボっていると思われたくない気持ちがあった。
ゲーマーはメガネの話が終わるのを待っていたようだった。
この様子は週に3回ほどあった。
「あの人たちのボーナスって、どんなだろうね。月給だけで50万はあるんじゃない」
この言葉に、もしかしてリーダーはメガネを狙っているのかと思い訊ねてみると、アハハと笑い、同棲している彼氏がいることを話してくれた。
リーダーにとってメガネは単なる仲の良い職場の人間。
それにセットで来るのがゲーマーなのだと、この時はそう思っていた。
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