恋人

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何をするでもなく散策し、15時頃にホテルに戻って来ると、ルームサービスでコーヒーを頼んだ。 「社長、前の奥様とのこと聞いてもいいですか?」 ゆったりとした時間が流れる中、未来は隣のソファーに座る青島に尋ねた。 「いいよ。何でも聞いてもらって構わない。」 青島の表情は、穏やかだ。 「私、不思議なんです。私でさえ、この短い時間で社長の情熱的な愛情表現に驚いているのに、社長が愛していたと言った奥様に、それが分からないはずなかったんじゃないかって。」 「思っているだけではだめな時がある。お前も良く分かっているはずだ。」 まるで諭す様な青島の言い方に、未来は返す言葉がない。 「彼女はパーツモデル、手タレをしていて仕事を通じて知り合った。二つ年下だった。ある意味モデルは不安定な職業だ。結婚して安心を得られるのなら、それで良いと思った。勤めていた時も収入は申し分ない。自信がなければ独立などしない。俺が働いていれば安心を与えられると思った。」 「離婚したいと言われた時、修復したいと思わなかった。無駄だと思った。彼女だけじゃない、お互い気持ちが離れていっていることに、薄々気が付いていたんだ。元妻に対しては、お前とのことがなくても、もう気持ちが動くことはない。ただの記憶だよ。」 窓の外に目をやり、遠くの景色を見るような目で青島は言った。 「分かりました。すみません、辛いこと思い出させましたね。」 この人は、聞けば真摯に答えてくれる。 しかしこの先もう、結婚していた時の話を聞くことはしないだろうと思った。 「これからのことを、話しておきたい。」 青島の言葉に、はい、と少し緊張しながら未来は返事をした。 「お前とのことを隠すつもりはない。例えば今日みたいに二人でいることを見られて聞かれたら、つき合っているというつもりだ。」 青島ならそうするだろうと思った。 何も悪いことはしていないのだから。 「ただまあ、横恋慕した俺が悪いんだが、タイミングがな。道田とのことや、退職したことを、とやかく憶測する奴がいるかもしれない。」 気掛かりの原因の殆どが、自分にあるのではないかと思うと、未来の気持ちは沈んだ。 「気を遣わせてしまってすみません。でも憶測する人は、私たちのことを良く知らないからだと思います。そんな人に何か言われても気にしません。」 青島は、未来の言葉に頷いた。 「わざわざ報告することでもない。ただ噂を耳にして困惑させるくらいなら、会社の人間には俺から話したいと思う。でも時期はもう少し後だ。」 「それまでは秘密ですね。」 未来が微笑むと青島は立ち上がり、未来が座るソファーの肘掛けに、腰を下ろした。 「秘密か。いい響きだな。」 青島はそう言うと、見上げた未来にキスをした。
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