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第1話「日常」
「佐藤くーん」
最近の、大体の朝はこうだな、と藤崎は微笑む。
薄手のカーテンから差し込む眩い日差しを受けて、義人のまぶたがピクリと動いた。
「佐藤くん、佐藤くーん」
ゆすっても起きない彼氏は「んー」と低く不満げな唸りを漏らしている。
「義人、起きないと遅刻するよ」
耳元で愛しくそう呟けば、やっと義人の目が薄く開く。
パチパチと何度か煩わしそうに瞬きをして、首を回して藤崎が座っているベッドのふちを眺める。
「義人」
「んっ?、、ん?」
まだ寝ぼけている彼の瞼に、藤崎は身体を倒してシーツに手をつき小さく、ちゅ、と口付けた。
「おはよう」
「んっ!?」
突然ハッキリとした意識と、やっと霞が取れた義人の視界にはドアップで藤崎の整い切った顔が写った。
「うわあッ!!」
驚いた義人は起き上がりながら掛け布団を手繰り寄せ、ぎゅっとそれを抱きしめる。
そして途端に腰に鈍痛を感じ、また呻きながら前のめりにベッドに倒れていった。
「いてえ〜、、」
「ダメでしょ、無理しちゃ」
「ん、ごめん」
ゆっくりと腰をさすられて、義人はもぞもぞと動きながら藤崎のいる方へ近づく。
相変わらず、朝一番で見る藤崎の顔面の破壊力には毎度驚くばかりだが、そろそろ慣れるべきだと本人も思ってきていた。
「謝らなくていいよ。それより早く準備しようか」
「え?」
「土曜だよ。何の日か忘れた?」
「あ。そうか」
藤崎のニコ、と笑う顔を見て楽しみにしていた今日を思い出す。
2人は付き合い始めて早1年が過ぎていた。
男同士という事で公に言って回る事もなく、仲の良い信用のおける人達にだけ付き合っていると告げてある。
ゆっくりと進む関係で隣にい続けている。
無論喧嘩もあり、義人は初めての事づくしで戸惑う事が多かったがその都度藤崎がフォローを入れ、二人三脚が板について来ていた。
そんな日の土曜日。
今日は入山とその恋人、和久井英治(わくいえいじ)を入れて4人で出掛けようと話していた日だった。
「ご飯持ってくるね」
彼らは大学では2年生になった。
クラスは変わらないまま、それでも、もう少しでゼミ選択が始まる。
入山と2人は相変わらず仲が良く、加えて西野、遠藤も仲が良い。
片岡は、去年の11月頃に彼氏が出来てそっちとべったりになってしまった。
そして、斎藤は大学を辞めた。
「今朝は和食です」
「ん、どうも」
義人と藤崎は2年の春休みからルームシェアを始めていた。
元々藤崎が住んでいた部屋に、無理矢理義人を引き摺り込んだに近い状況である。
「あー、、良い匂い。うまそ」
藤崎は「同棲だよ」と言い張っているが、義人は未だにその点が腑に落ちていない。用語がしっくりこないようだった。
勿論、料理は藤崎に任せきりだ。朝昼晩ときっちりでる。
付き合ってから、痩せ過ぎだった義人は中肉中背になり、藤崎と言う存在が隣にいるせいか趣味に筋トレが加わった。
細過ぎないそれなりの筋力を手に入れて、前よりも自分の体型を気に入っている。
「今日の味噌汁は佐藤くんが好きな豆腐とかわめ」
「おお!」
よく厳しい義人の親がルームシェアを許したかと言うと、義人自身が佐藤家であまり良く思われていない面が大きかったからだ。
生粋の医者家系に生まれた彼の父親は、無論、長男である義人も医者にするつもりでいた。
反対を押し切って美大に入ったのは母親の説得と、弟である昭一郎の方が父親に似て真面目で勉強が出来たからだった。
昭一郎自身も期待されている事に満足しており、義人と違い小さい頃から医者になると豪語してきた。
去年どこかの有名な医学部に受かり、今年の4月にピカピカのスーツを着て入学した。現役合格するあたりが義人にとっては少し面白くなかったが、それは父への当て付けであって昭一郎が受かった事に関しては鼻が高かった。
小さい頃から仲は良く、よく自分にゲームで負けては泣いていた可愛い弟に変わりはないからだ。
「あ、待った。何かやる事は?」
「っう、」
「その言い方はわかってんだな?はい、どーぞ」
トレーに乗せて持ってきた朝ご飯を自分の膝の上に置き、藤崎はにっこりと義人に笑いかけて顔を近づける。
藤崎は遅くまでセックスした日の翌朝はこうして義人を甘やかしていた。
腰や身体が痛くなって大体寝起きが悪くなり、起きてもずっと低く唸っている義人を気遣い朝ご飯をベッドで食べれるようにしてくれる。
義人はそれに甘えるのが好きなってしまっているし、甘やかされてへなりと笑う義人を見るのが藤崎も気に入っていた。
「お、おはよ」
そう言ってから、ちゅ、と藤崎の唇にキスをした。
「良く出来ました」
ふわ、と優しく微笑んで、嬉しそうに満足そうに義人の額にコツン、と自分の額をぶつける。
頬を撫でると相変わらずこの程度で顔を真っ赤にする義人が見えて、どうしてもクツクツと笑いが漏れた。
「っ、、」
「毎朝照れるって、ホンットに慣れないね、佐藤くん」
「うっせえ!お前みたいに経験豊富じゃねえんだよ!」
「俺だって同棲は初めてですけどね」
「ああ!?」
別段そこまでヤキモチ焼きでもない義人からしても、同棲が初めてだ何だと言っても十分経験豊富な藤崎に対してまだまだ違和感を感じる時は多い。
何にせよ未だに元彼女達からぞくぞくと連絡が入るうえ、新規の女の子からも突然電話が来たりするのだ。
多少嫌な気持ちはある。
こう言う慣れた態度もどこかの女の子達で何度も経験しているからこその様だろう。
かと言って自衛が完璧過ぎる藤崎に対して浮気だ何だと疑う余地も義人にはないのだが。
連絡不精な藤崎が唯一しつこく連絡を取るのは義人くらいで、女の子から何か来ても大抵は無視、しつこいときは電話に出て「もう電話しないでくれる?」と冷たく言い放っている姿を何度も目撃した。
義人とセックスをしている最中に電話が来た場合は携帯ごと壁に投げつけそうになる程苛立っていた。
(色んな事が俺にとっては初めてだけど、藤崎にとってはそうじゃない)
そう感じるものの、藤崎に今、誰よりも愛されているのが自分だと言う事は痛い程自覚できる。
ヤキモチを焼いても無駄。
頭の中にそれだけはドンと構えている。
「そろそろ行くよ」
朝食を済ませ、2人して歯磨きを終える。
朝が強くさっさと動く藤崎と違い、義人はゆっくりともたつきながら準備をしていた。
義人にとって変わった事はもう何個かあった。
ひとつは里音が義人の服まで買ってくるようになった事だ。
更に言うならば、藤崎抜きで里音と義人で出かける事が多くなった。顔は出さないで欲しいと言ってはいるが、SNSで義人といる自撮りを載せたりブログに登場させたりされている。
中身がそっくり過ぎて扱い安いが、ある意味扱い難い2人に挟まれる事も多くなった。
「ん、、あ、次の日曜」
「ん?」
「りいが3人で遊びたいって」
「無理」
義人がその愛称で呼ぶようになったのも里音に強制されたからだ。
『やっぱり顔可愛い!!気に入ったー!!』
藤崎と付き合ってから初めて顔を合わせたときの里音の第一声はこれだった。
藤崎よりも筋肉がつきにくく細身な義人のスタイルも気に入ったと言う。
「あいつすぐ佐藤くんと腕組むから真面目にイヤ」
藤崎はそんなこんながあってからずっとこの調子で里音を嫌がっている。
2人でいられる時間はできる限り2人きりで過ごしたいと言うのが藤崎の考えであり、別に毎日一緒にいるのだから1日くらい我慢すれば良いのにと思っている義人からするとあまりその辺では分かり合えていなかった。
アパートの部屋を出ながら鍵を閉める藤崎を待ってから、階段を降り、そのまま駅へ向かう。
「それ似合ってるね」
「ん?」
義人があまり選ばない色を選んでくれた、里音から貰った服を着ている。
そう言っている藤崎自身も3人で買い物に行った時に里音が選んだものを着ていて、2人は顔を見合わせた。
「んー、、なんか」
「?」
藤崎は首を傾げて、こちらを見上げている義人は困ったようにふっと笑って言った。
「りいに侵食されてるよな、俺達」
「それ言わないで」
苦笑いをする藤崎と並んでまた歩き出す。
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