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第49話「説得」
「おにぎり久々に作った」
藤崎のひと言に、はぐっとおにぎりに齧り付いていた義人は顔を上げる。
「ん?」
「ふはっ、ご飯粒ついてるよ」
キョトンとこちらを見つめる義人の顎についた米粒を取り、パク、と口に入れる。
別段それを気にする様子もなく、義人は「あ。ありがと」と言いながら口の中のおにぎりを噛み締めた。
塩加減が丁度良い。夕飯は昨日の残りの白飯を使い、パパッと小さめのおにぎりを2つ作って2人で食べている。
買っておいたカップ付きのインスタントの味噌汁を開け、お湯を注いで2つテーブルに乗せた。
21時過ぎ。
バラエティ番組を見ながらラグの上に座り、ソファに寄り掛かりながら2人は寄り添っている。
「俺おにぎり好きだなあ」
「えっ、俺とどっちが好き!?」
「おにぎり」
「ん、待って待って考え直して」
結局、あの後は3回程セックスをした。
勿論、1回目以降はゴムをつけて義人を愛し、藤崎も彼も流石に疲れ切っている。
もう一度シャワーを浴びて身体だけ綺麗にした2人はすっかすかの腹に今やっと夕飯を詰め込んでいた。
ブーッ
「ん?」
テーブルの上に置いていた藤崎の携帯電話が鳴り響く。義人がビクッと身体を驚かせ、携帯電話を覗き込んだ。藤崎が警戒しながら機体を持ち上げると、画面に表示された「大城」の文字に、おにぎりを皿に置いて立ち上がろうとする。
「藤崎」
その彼の肩を掴み、義人が制止した。
「ん?」
「ここで出ろよ。大丈夫だから」
「、、分かった」
座り直して通話ボタンを押し、すぐにスピーカーに切り替えた。
「もしもし」
《もしもし、久遠くん?》
落ち着いた穏やかな低い声が聞こえて、一旦藤崎の力が抜ける。
(菅原さんが電話に出ると思ってたのかな)
義人は携帯電話を握る藤崎の手にゆっくりと自分の手を重ねた。
応えるように手を裏返し、藤崎は義人の手の指を絡め取り、ふう、と少しだけ息を吐く。
「はい。今スピーカーにしていて、佐藤も聞いてます」
《ああ、そうなんだね。義人くん、で良かったかな?》
「ぁ、、はい」
義人がコクンと頷いた。
《まずは、光緒くんと仲良くしてくれてありがとう。君とは会ったことある筈なのに、認識できていなかったから、ごめんね》
「いえ、それは大丈夫です」
《うん、ありがとう。それで、有紀くんの件なんだけど、話していいかな?》
大城の配慮に義人と藤崎は顔を見合わせる。
「大丈夫だ」と言いながらギュッと手を握り返すと、藤崎は一瞬だけ義人の額に自分の額を押し付け、「わかった」と返事を返してまた携帯電話に向き直る。
「お願いします」
《うん。まず、もし訴えるなら止めないし、弁護士なり何なり紹介する。それは変わってない。僕は彼の味方をするつもりはないし、自分が守るべきなのは君達だと思ってる。それは忘れないように》
「はい」
《有紀くんだけど、西宮って言う彼の親代わりの男がいて、これが僕のブランドの共同経営者だ。ついでに大学時代からの友人でもある。彼も加えて今までゆっくり話してた》
そこで少し疲れたように息をつき、大城は話を進める。
《西宮が甘やかしていた事もあって有紀くんがああなった部分もある。僕も、西宮に頼られるままに助手の仕事を任せてたし、彼が起こした問題を隠して来た。西宮も反省してるし、僕としても申し訳なかったと思ってる。結局身内の君達が被害を受けるまで大事にしないのが良いとばかり思ってしまっていたから》
これは大城からすれば今まで被害を受けて来た人間達に関しても本当に申し訳ないと感じていた。
守るべき自分が不祥事を揉み消す側に回ってしまっていたのだ。子供を持つ身としてもありえない事だ。
自分の周りさえ良ければと率先してしまっていた事に猛省している。
《ごめんね、2人とも》
「いえ、、」
藤崎が黙り込んでいる代わりに、義人が答えを返す。
携帯電話の画面は「大城」と表示したままだ。
《有紀くんは助手から下ろす。2度と君達に近付かせない。彼がまた問題を起こすなら僕達は庇わない。西宮もそれで納得してる。僕達のブランドで相変わらず働かせはするけど、そう言う贔屓も君達がやめろと言うなら辞めさせる。それだけの事はしたし、社会的地位を守る筋合いもないから》
「はい、、」
《どうしたいかを聞きたいんだ。君達が、、義人くんが彼をどうしたいか》
「、、、」
グッと、お互いの手に力が入った。
《明日でいいからその答えを聞きたい。もし時間がいるなら話せるまで待つから。どうかな?頑張れそう?》
藤崎は義人を見下ろした。
何かを考えているようにこちらを向かず、静かに口を閉じている彼を見つめる。
(こんなときですら綺麗だ)
絡み合う手を持ち上げ、藤崎は義人の手の甲にちゅ、と片付けた。
これ以上、この美しい男を苦しめたくはない。
藤崎は断ろうと思っていた。
自分が行けば済む話で、義人をわざわざ連れて行き、大城と西宮の前で何か話をさせるのも気がひけるのだ。
「菅原さんに会わせてもらえませんか」
「え、?」
《、、、》
そんな藤崎の考えをよそに、義人はハッキリとそう言った。
義人の発言に藤崎は目を見開き、何度か瞬きを繰り返す。
「佐藤くん、、?」
「会って話したいんです」
義人は真っ直ぐ画面を見つめていた。
そして一呼吸置いて藤崎の方を向き、困ったように笑いかける。
「いや、めちゃくちゃお説教されたのは雰囲気で分かるんだけど、そう言うのじゃなくて、言いたい事があるんだ」
藤崎の目を見て義人はそれだけをしっかりと言った。
電話の向こうの大城は黙って2人の会話を聞いており、反対も賛成もして来ない。
大城自身、取り乱し切った義人を目の当たりにしており、何より菅原を信用していない。彼は2人が心配だった。
「、、、」
藤崎も黙っていた。
大城がここまで言うのだから彼等によって菅原がどれだけ責められたかもわかる事はわかる。
けれど犯罪を犯している以上に、義人と言う存在に手を出されている彼として複雑だった。
出来る事なら法的に裁かれて欲しい。
藤崎の率直な願いはそれ以外にない。
「俺は訴えたい」
静かに重く、義人にそう言った。
義人は人が良いな、義人は優しいな、彼に免じて多めに見ようで終わる話ではないのだ。
それだけの事をされた。
事実、これから一生の内、あと何度義人が今日あった出来事で苦しむのかは分からないでいる。
義人を許せても、義人を汚した人間を許す事は彼にはできない。
《久遠くん》
ここに来て、静かに大城が藤崎を呼んだ。
《明日、会ってからでも訴える事はできる。一度義人くんの意志を尊重してみてもいいんじゃないかな。君としては嫌なのも分かる。君の大切な人だものね》
大城は義人にも何かしらあるのだろう、と思った。
準備室で取り乱した後、冷静さを取り戻して藤崎をしっかりと抱え、「訴えません」と彼を庇うようにこちらを真っ直ぐ見つめ返してきた義人が忘れられなかったのだ。
大人としては確かに頼りない。
けれど振れ幅はあるものの、藤崎久遠が愛している男だ。
信用するには足る筈だ。
「、、、」
「藤崎、お願い、聞いて」
見上げてくる黒い瞳は曇りがなかった。
「、、分かった」
渋々、と言った形で藤崎が頷く。
そうして、明日は義人、藤崎、大城、西宮、それから菅原と、5人で顔を合わせる事となった。
プツ、と通話を終了すると、帰りの電車で「何とかなった、騒いでごめん」とだけ連絡を入れていた入山や遠藤から返事が返って来ているのが見えた。
しかしそれを見る事もなく、藤崎は横にいる義人の身体に腕を回して抱き寄せる。
ふわ、と髪から自分と同じ匂いがした。
「、、、」
「拗ねるな」
義人はむにっと藤崎の頬を両手でつねり、左右にくいくいと引っ張る。
(やたらと伸びる、、)
案外藤崎の頬は柔らかくてよく伸びた。
「心配させた俺も俺だけど、お前の過保護もしつこい。俺はあの人に言いたい事があるから明日行くし絶対話す」
「何言うの」
「色々」
「はあ?」
テーブルの上の皿に、食べかけのおにぎりが2つ並んでいる。
藤崎がガバッと義人を抱きしめ、不満そうに無理矢理ラグの上に倒れ込んだ。
「重い痛い!」
「何言うの!」
「教えてやらん!退け!」
その反応に、絶対に義人が引かない事も理解した。
バシバシと藤崎の頬を叩く義人にのし掛かりながら、藤崎は少しだけ安心している。
先程までの弱気な義人は引っ込んだようだ。
(まあ菅原さんがどうこう言うより、俺に対しての罪悪感と自分に対しての嫌悪感が義人を苦しめるんだろうなあ)
浮気なんかじゃないのに、と叩かれながらも義人をキツく抱きしめた。
「どーけーよ!!」
訴えたいと言う想いは消えない。
自分以外で義人に触れた男をこの世から消したいと言うのも。
けれどそれはきっと義人が許してくれないのだ。この先も一緒にいる為に、そんな事させないと言うに決まっている。
「嫌だ。教えてくれないならチューして」
「何でだよ」
義人の首元に顔を埋め、藤崎は大きく呼吸して義人の匂いを吸い込んだ。
「吸うな」
「チューして」
「あーもー、顔上げろ」
鼻先が触れ合う距離に顔を上げると、義人は諦めたように、チュッと軽く藤崎の唇にキスをした。
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