第56話「帰り」

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第56話「帰り」

「家近いから泊まっていけばいいのに〜、ねえ、久遠?」 「帰るよ。明日も予定あるし、他のみんなも帰るから」 「そーお?」 4月の終わり。 程々に暖かい気候の中で、数名は薄手の上着を着ている。 昼過ぎからダラダラと始まった会は、結局夜にやっと終わりを迎え、義人と藤崎は店先で藤崎の両親と至恩の前で帰りの挨拶をしていた。 「私は泊まるー」 「里音、部屋の洗濯物出してから寝て!」 「えー、やあだあー」 既に眠気で目が半分閉じている里音は滝野に肩を貸されながらフラフラと立っており、ここから数駅で自分の最寄駅になる滝野と光緒はレストランから少し離れた場所にある藤崎家の実家へ出向き、彼女を送り届けてから帰る事になった。 これは長年で慣れ切った「いつもの事」なのだそうだ。 (兄弟が送れよ) 義人はそう思ったがこれは彼ら2人の役目らしい。 「じゃあ、今日ありがとね、お金は後日払います」 「入学祝い何も買ってあげられなかったし、このくらいは良いよ」 レオンは最後に久遠の頭に手を置いてわしゃわしゃと雑に撫で、迷惑そうに顔を顰めた息子を見て満足そうにニッと笑った。 「義人くん、またいつでもおいで」 「そうよ〜、毎月記念日にここ貸し切ってもいいんだからね」 「金がもたないから却下」 両親のマイペースさには藤崎も根をあげているようだ。 早く帰りたくて仕方がないのか、先程から踵を持ち上げたり落としたりしてソワソワしていて落ち着きがない。 「また来ます。そのときは絶対払います。ごちそうさまでした」 「気にしなくていいのよ〜、しいちゃんも良かったねえ、お兄ちゃん増えて」 愛生に抱き上げられている至恩はもう眠気の限界が来ており、里音よりも目が開いていない。 「また来るね、バイバイ」 ふにふにと頬をつつくと一瞬だけ目があった。 「バ、バイ」 小さな唇がそれだけ言うとまた愛生に擦り寄って、ゆっくり目を閉じてしまった。 「義人くん」 レオンに呼ばれ、義人は顔を上げてそちらを見つめる。 ニコリと優しい笑みが見えた。 「またおいで」 「、、はい」 笑ってそう返せる事が奇跡に近いと言う事を彼はちゃんと理解している。 自分の親ならありえないからだ。 追い返されても怒鳴られてもおかしくなかった状況で、彼は自分と藤崎を受け入れてくれる多くの存在と今日を迎えられた事に心底安心し、歓喜して、脱力していた。 (大丈夫) ずっと一緒にいる事が恐ろしい面があったのに、今は恐ろしさは薄れ、心地良い。 「帰ろ、義人」 「うん」 手は繋げないけれど、力強く頷いた。 ゴトン、ゴトン、と揺れる車内。 いつもの大学帰りと違う電車の中は混んでおり、土曜日でも仕事があったのだろうサラリーマン風の男達やピシッとスーツを着こなしている女性が数人いる。 「、、、」 入山、遠藤、和久井と別れると、義人と藤崎は2人きりになった。 幸せな時間の後味と身体に残っているアルコールのせいか、義人は座席に座りながらボーッと向かいの窓の外に流れる風景を見ていた。 (身体、あったかいなあ) 腕が藤崎の腕に当たっている。 それすらも心地良くて眠かった。 「佐藤くん、寝てて良いよ。ついたら起こすから」 「ん?、んー」 うやむやな返事を返して目を閉じた。 何だかここ2日で多くの事が身に起こり過ぎて疲れてしまっていた。 (好きだなあ、こう言う時間) 端の席に座っていた義人は右側にある座席の側面の壁に寄り掛かろうとしたが、グイ、と藤崎にもたれた頭を引き寄せられ、今なら良いか、と寝ているフリをして彼の肩に頭を預ける。 『ずっと、一緒にいられたらいいね』 眠りに落ちる最後、頭にはそんな台詞が蘇った。 (一緒にいようよ) 義人は遠藤が2人が付き合うときに言っていた、「責任を持て」の意味がやっと少し分かったような気がした。 そして今は、高鳴りが落ち着いた胸でゆっくりと深呼吸をして、誰かが開けた電車の窓から雪崩れ込む春の匂いの混じった風を吸い込む。 ああ、きっと。 きっと、ずっと一緒だよ。
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