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「うそー、じゃあ、武田くんの本気で好きなひとって吉井さん!?社内で一番可愛いって噂の子じゃない!?」
ちょ、ちょっと待てっ……
俺は胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
*
今日も水曜日だ。定時に仕事を終えた社員がどんどん玄関を出ていく。俺も帰ろうとしたが、足が止まる。そしていつもの玄関を出たあたりの木陰で武田を待つ。いつもの水曜日なら武田が来て一緒に買い物に行って、ちょこっと俺が料理作って、それをつまみながら酒飲んで話聞いてもらって、あの低い良い声で励まされて、またがんばろうってなる水曜日なのに。
武田に彼女が出来たら友達になれるじゃん……
そう俺は自分をなだめる。しかし、なぜかそれでは嫌だと思っている自分がいる。
はあ、俺こそはっきりしない……
うなだれたその時だった。
「石井」
横から武田の低音ボイスが聞こえた。見れば武田が手に持った紙袋をひらひらさせている。
「チョコ全部返した」
武田はそう言うと、わざとらしくほおに手を当て考えるような仕草をする。
「えーっと平手打ち二回に、泣かれたの三回?」
俺は驚いて声をあげた。
「お、俺、そんなことになるなんて思ってなくて!」
あわてる俺に、武田がにやりと笑う。
「嘘だって。俺、営業だから、あのチョコはほぼ義理。ただ手紙とか入ってたやつはお前の言うようにちゃんと断った」
そう言うと、武田があのアーモンドみたいな切れ長の瞳で俺を見つめる。
「本気で好きな奴に言われたからって」
じゃあ、吉井さんは……
ほっとしている自分に気がついて俺は真っ赤になった。さらに慌てて周りを見回し、誰もいないことにまたほっとする。そんな俺に笑いながら、武田は俺の背に手を当てうながすようにして歩き出す。歩きながら武田は静かに話し始める。
「俺、自信過剰だったんだろうな。俺の好きなやつはこっち側の人間じゃないってわかってたのに、毎週家に呼んで料理とか作ってくれるし何もしなくてもそのうちそうなるかも、って思ってたところあった」
それを聞きながら、俺は顔がほてるのを感じた。
確かに毎週水曜日は一緒に買い物行って家呼んで料理して食べさせて、って彼女みたいだよな……
武田はそんな俺にかまわず続ける。
「でもさ、俺そいつが呼び出されてチョコもらってるの見ちゃって、そのくせそのことは俺に一言もなくって。やっぱ男じゃ駄目なんだなって悔しくて、妬いてほしくて義理も含めてそいつの目の前にチョコばらまいたのに、説教された」
驚いて俺は武田を見た。その顔を武田がのぞきこみ、笑う。
「かっこ悪いだろ」
「かっこ悪くないよ!」
俺は思わず大きな声を出した。俺はあわてて声を小さくしつぶやく。
「カッコ悪いなら俺もだよ……武田にはっきりしろって言いながらはっきりしないし。何より俺……」
やっと俺はなんで今日武田を待っていたのかわかった。その思いをなんとか口にする。
「武田が吉井さん呼び出したって聞いて、先週俺にあんな事言ったのにどうしてって聞きたくて、今日もこうやって待ってた」
「それって……」
武田が驚いて俺の顔を見る。俺は思わず首を振った。
「まだよくわからない、男同士ってよくわからないし、告られたのだってはじめてだし、ただ……」
そこまで言うと、俺は決心して、武田の切れ長の瞳を見つめる。
「武田のこと、そっち側、こっち側の人間って言葉で片付けられるなら、俺ははっきり断ってる。はっきりできないぐらいには考えてる」
俺の言葉に、武田の切れ長の瞳が丸くなる。恥ずかしくて俺は目を伏せた。それでも小さな声で続ける。
「試しに水曜日以外も一緒に過ごしてみたい……って、ずるいね、俺」
そういった途端、武田がくすっと笑った。
「石井ならずるくてもいいよ、ってか、そこまで真面目に考えてる時点でずるくないし」
「え?」
つい俺は武田の顔を見上げた。あの少し長い前髪の下でアーモンドみたいな瞳が笑っている。
「そうだな、試しに今週末、どっか行こ。映画見て食事とか、2週遅れのバレンタイン」
俺はこくりとうなずいた。でもそれさえも恥ずかしくて、俺はコートのポケットに手を突っ込み下を向く。すると、武田が俺のコートのポケットにするりと手を入れる。
「た、武田っ……!」
俺は声をあげた。にもかかわらず、武田はそのままポケットの中で俺の指に自らの長い指を絡め、耳元で囁いた。
「これも試してみないと」
俺はついに黙った。だってその声はチェロみたいに低くて心地よくてチョコみたいに甘くて……誰にもとられたくないものだったから。
水曜日ニハ恋ヲ知ル-2
2週遅れのバレンタイン
ー了ー
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