3 Tall girl - あと3センチの恋

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学生のときはあと3センチ背が欲しかった。今はあと3センチ低かったらと思う。バスケを本格的に続けるには168㎝では低すぎたからだ。しかし社会人になった今、日本人成人男性の平均身長が172㎝であることを考えると、ヒールを履けばほぼ同じ目線になってしまう。しかしそれが本当に苦痛になる日が来るなんて考えていなかった。少なくとも昨日までは。 * 「加賀、新入社員研修のこのあたり時間調整できないかIT管理課に行って確認してくれないか」 課長の声に、加賀美浦(みほ)は課長からプリントを受け取る。そこには赤字でびっしりと何事か書かれている。 「ほーい」 「ほーい、じゃないっ!お前研修担当だろう、山口には連絡はしとくから」 課長に睨まれて美浦は課長から受け取ったプリントを受け取るとショートヘアで唯一長い前髪をかき上げ、赤字の内容に目を落とした。どうやら新入社員研修からIT関係の研修時間を削りたいらしい。 これぐらいならメールですみそうなんだけどなあ…… 入社して5年目、人事部に配属され3年目、社員の教育はもちろん採用や査定も行う人事部はどうしても年齢層が高いから仕方がないとはいえ、他の部に比べ旧態依然としている。コスト削減と時短のためにPDF書類での確認・メールでの連絡が推奨されているのだけれど、それが徹底できない。だから27歳とはいえ人事部では一番若い美浦にこんなお使いが回ってくるのだ。それにもうひとつ美浦にはIT管理課に行きたくない理由があった。 山口修輔かあ…… 美浦はふと入社2年目、IT管理課2年目社員の顔を思い出す。会社員にしては長いさらさらとした少し茶色がかった髪、ビー玉みたいに大きな同じく茶色の瞳、その割には気の強そうなきゅっと締まった唇。入社時には今年は豊作と話題を提供したイケメン社員のひとりだ。その山口修輔が今度の新入社員研修の担当になったという。そんな修輔と仕事をすることを普通なら喜ぶのだろうが、美浦は顔をしかめた。 イケメンは苦手なんだよねえ…… 若いというのがひとつの武器のように、顔立ちが良いというのもひとつの武器だ、と美浦は思う。ただ、武器をひとつ持っているとそれ以外を磨かなくなる、それが美浦の持論だ。そんなものより、誠実さ、真摯さ、我慢強さを磨いた男性のほうが魅力的だと思う。バスケをやっていたとき少々顔立ちが良いというだけで勘違いする奴を何人もみたのも影響しているかもしれない。しかしそれ以外にも修輔には美浦を苛立たせるものがあった。 ひとつ下のフロアに降りると、修輔は自分の席にいた。いつものように耳にはイヤホンを突っ込み、片肘をつきながらパソコンに向かっている。美浦はその意味を知っている。学生時代、試合前に雑音をシャットアウトするため同じようにしていた。つまりは彼にとってオフィスの全ての音が雑音なのだ。しかし、今日は水曜日、NO残業デー。申請しない限り残業できないので、フロアには修輔以外誰もいない。そして課長は修輔に連絡していると言った。 つまり私が雑音ということか…… 美浦はついいらっとして、つかつかと修輔に近づくと、左耳からイヤホンを取り上げた。 「うわっ、何するんですか」 修輔の大きな瞳がさらに大きく見開かれる。美浦はわざと腰に手をあて修輔を見下ろす。 「課長から連絡来たでしょ。最初から聞く気なし?」 少しきつめに言うと、修輔は少しすまなそうに横を向いた。手に取ったイヤホンから音楽が流れている。聞き覚えのある旋律だ。美浦はついそれを耳にしたくなる。その様子に修輔はあわててそれを美浦から取り上げた。そして、小さく頭を下げる。 「すんません、課長相変わらずメール使えないんだと思って、ちょっとイラッとして」 下を向く修輔に美浦はちょっと申し訳無い気持ちになる。 「ごめん、私もやりすぎた」 美浦はそう言いながら修輔の隣の席に座り、赤字の入ったプリントを手渡す。修輔はすぐに声をあげた。 「新入社員研修からネットリテラシーの項目削れっていうんですか?これやらないと今どきのヤツらだとSNSで社内情報ダダ漏れになりますよ」 入社2年目社員の今どきのヤツという言い方に美浦はつい笑いそうになった。しかし入社2年目ながら自分の仕事の内容はよくわかっているようだ。 「私もそう思う、でも研修時間が足りないのは確かなの。だからこの項目を減らしたくない理由を箇条書きでいいから私にメールして。あと他に時間調整できる項目があれば教えてくれると嬉しい。あとは私が課長を説得するから。仕事増やしてごめん」 そう言うと、修輔が丸い目をさらに丸くした。 「最初からわかってて……」 「課長の顔を立てるのも、そっちの研修を滞りなく行えるようにするのも私の仕事なの、ただ次からはメールするように言うわ」 美浦は笑ってそう言うと、立ち上がった。すると、修輔がなぜか同時に立ち上がる。あの丸い瞳が同じ目線にあることに美浦はついどきりとした。修輔は気にならないのか、美浦をじっと見つめる。 「今回みたいに加賀さんが持ってきてくれると嬉しいです、その方がわかりやすいんで」 修輔の大きな茶色の丸い瞳に見つめられて、今度は頬が赤らむ。美浦はあわててくるりと背を向ける。 「了解」 背中越しに答えると、美浦は足早にその場を去った。こぼれたイヤホンからは聞き覚えのある旋律が流れ続けていた。 -続く-
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