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#07 嘘の嘘は、嘘
「あ、秋夫……!」
思わず立ち上がった。
「『あ、秋夫……!』じゃねーよ、ばーか」
秋夫は大股で歩いてきた。事情を知らない瀬尾さんが、「今日は早かったのね」と言っている。僕はあたふたする。
「なんで、こっちに?」
「はあ? 回収だけど」
「!」
迂闊だった。配達と回収はセットだ。瀬尾さんに会いたい一心で、それ以外のことなんて全然頭になかった。僕はしどろもどろで、「なんだよ秋夫、いつもの場所で、待っててくれれば、いいのに」と瀬尾さんに向かって言った。秋夫が眉間に皺を寄せた。
――万事休す。
僕はぎゅっと目を閉じた。秋夫からすべてが(僕が秋夫をダシに使ったことも、嘘をついて毎日瀬尾さんに会いに来たことも、バイクで来たわけじゃないことも全部)露呈するのは時間の問題だった。
「ふーん」
案の定、秋夫はもったいぶって大きな身体をぐらぐらと左右に揺らした。
「おまえ、こんなとこに来てたんだ」
面白がるようでもあり責めるようでもある独特の強い視線が僕の全身に絡みつく。
「へえー、ここに、ねえ」
「だから、これは、その」
しがみついて許しを乞えば、秋夫は見逃してくれるんだろうか。僕はパニックのまま擦り寄ろうとした。
「秋夫、言わなくて、ご」
けれど秋夫は僕と僕の言葉を左のてのひらで制し、いつもの太くて低い声を僕に、というよりは瀬尾さんに向けて放った。
「今日は早く終わったんだ。ったく公園に来るなら来るって言ってけよ、探しちまったじゃねぇか」
「!」
秋夫の援護など想像もしていなかった僕は驚いてそのまま固まった。
「悪いな、毎日毎日洵につきあってもらって。つーか、もう少し続くけどな」
秋夫は意地悪な笑みを浮かべている。
「……」
「私の方こそ、お喋りできて楽しいよ。ありがとう」
瀬尾さんがにこりとする。秋夫とは対照的な笑顔だ。挟まれた僕の心臓は破裂の勢いだ。首筋の汗を拭うタイミングで瀬尾さんが言った。
「洵くん、また明日ね」
「え」
秋夫が迎えに来たと気を回した瀬尾さんは僕の方に向けて手を振った。僕がここにいる理由は『秋夫』だ。秋夫が到着した以上、僕には帰る選択肢しかない。
腕の時計を見た。いつもより四十分も早い。もたもたしていると秋夫が横から入ってきた。
「まだ時間あるし、いいぜ、もう少し」
「!」
僕はまた秋夫を見た。秋夫は知らん振りで、ベンチから少し離れた石の椅子まで歩いていき窮屈そうに腰を落とした。両足をがばっと開き太腿に片肘を立て、顎を乗せてこっちを見ている。
「……」
僕は口ごもった。嘘に合わせてくれたのは有難いけれど、秋夫までここに居ることはないんじゃ?
黙っている僕に秋夫は顎をしゃくった。さっさと話せよ、とでも言いたげだ。
あきらめて口を開いた。
「瀬尾さん、今日は秋夫も一緒に」
「うん」
気配を探すように瀬尾さんの耳が左右に動いた。秋夫の居る位置を角度で教えると瀬尾さんは大きく頷いた。
「知ってる。そこに石の椅子がふたつあるの、もう少し離れたサクラの木の横にもふたつあるでしょう?」
僕は瀬尾さんに答えるために石の椅子を探した。
「あったよ。葉っぱまみれだけど」
瀬尾さんはくすり、と笑った。
「子供の頃から知ってる公園だから」
「そうなんだ」
記憶障害のはなしを聞いた後では、瀬尾さんの明るさはかえって不憫を誘う。抗えずしんみりした僕の心情を知ってか知らずか、瀬尾さんは爽やかな風のような笑顔を向けてくれる。
「園子、おまえどこに住んでんの?」
突然、秋夫が話しかけてきた。しかもいきなり呼び捨てだ。馴れ馴れしいにも程がある! 眉を寄せる僕をあたりまえに無視し、秋夫は続けた。
「ひとりで来て危なくねぇのか? つーかよ、こんなとこにひとりじゃ、誰かに浚われたら終わりだぞ。事情知ってて近寄ってくる男に下心がないはずねえからな」
「!」
心臓が跳ねた。
秋夫は僕のことを言っているのだ。
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