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ぼっと顔が熱くなる。
恐々と瀬尾さんを見ると、彼女は屈託なく笑っていた。
「大丈夫。携帯のGPSがあるし。それからこれ」
白杖の先端を指した。キャップを外して小さな発信機を宙に向ける。
「同じアパートの階に従兄が住んでるの。あ、洵くんには話したよね、恭二くん」
「う、うん」
「これね、盗聴器を改造したものなんだって。この距離なら電波が飛ぶらしくて、だから私になにかあったらすぐに駆けつけてくれる」
「え」
それを聞いた途端、僕はみっともないくらいうろたえた。
……えっ! ってことは、僕たちの会話も全部聞かれてた!
無意識に両手で唇を覆った。『盗聴器』という言葉に縮みあがったのは、僕にしっかりと下心があるせいだった。この一週間、当然映画の話題だけが会話じゃなかった。端々に瀬尾さんへの好意は滲み出ていたはずだ。
「恭二くんも洵くんなら安心だって言ってるし。あとでちゃんと紹介するね」
「……」
頭の中が真っ白になった。
「あっはっは」
秋夫が大声で笑い出した。「ウケるぜ!」と腹を抱えている。
「洵、おまえが“健全”な男で良かったな。でなきゃとっくに“出禁”だぞ。あー、おかしいったらねぇ!」
「……っ」
揶揄されていることぐらいは分かる。けど返す言葉がなかった。僕だけの、いや、僕たちの宝物みたいな一週間が誰かに見張られていたことも、僕が彼女の従兄妹に男として認められてなかったことも、瀬尾さんが僕に友達以上の感情を持ってないことも、こんな形で全部知ることになるなんて。僕だけがこの時間に特別な希望を繋いでいただけなんて。
「洵くん?」
黙った僕を瀬尾さんの鈴声が呼んだ。振り払うように左右に強く首を振った。今すぐこの場に深く穴を掘って潜り込みたかった。そして一生、出てきたくない……。
「あ。やべぇ、サツだ」
僕の葛藤をにやにやして眺めていた秋夫が素早く立ち上がった。公園をぐるりと囲む遊歩道のさらに外側、一方通行の始まりから交通整理のパトカーが入ってくるのが見えた。秋夫が顎をしゃくった。
「洵、バイクのところに立ってろよ。駐禁切られたらシャレになんねぇ」
「あ、うん」
反射的に走り出してから、そういえばなんで僕が行くんだ? と思ったけど混乱の中では反論の気力もなくなる。後ろでは瀬尾さんが秋夫に言葉を投げかけている。
「パトカー? サイレン鳴ってないよ」
「ばーか、事件も起きてねぇのに鳴らすかっての」
「そうなの?」
「当たり前だろ」
乱暴な口調は僕にも瀬尾さんにも変わらない。秋夫はどこまでいっても秋夫なのだ。
数日前、帰宅した母さんと弟に秋夫を紹介したときだってそうだった。秋夫は媚びもせず、世話になってます、とだけ言った。母さんの手料理が並んだ食卓では出されたものを遠慮せずに平らげ、聞かれて初めて「うまいっす」と答えたし、弟にも自分からは一切話しかけなかった。
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