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#08 彼女のお姉さん
秋が深まっていた。
バスは途中、すすきが群生するはらっぱの脇を通る。秋の日を浴びて風にさわさわと揺れる銀色の穂は、バスの進行と共にやがて視界一面に広がっていく。僕は車窓から静かなすすき野原をみつめている。瀬尾さんに、この切ないほどに美しい景色を見せてあげたいと心の底から思い、――思いながら、それははたして本当に僕の本心なのかと自問自答して答えが出せずにいた。
――三日前だった。
「あんたたちね、園子につきまとっている蠅は。ふたり一緒ならちょうどいい」
公園の外周でバイクのエンジンを切った直後、尖った声が僕たちの背中に突き刺さった。ヘルメットを外して振り返ると、タイトなジーンズを履いたショートカットの女の人がいた。
「誰だ、おまえ」
秋夫はバイクのエンジン部分の熱さを確かめながらなおざりに言った。
秋夫と公園へ来たのは五日ぶりだった。あの日以来、この界隈に秋夫の仕事である配達と回収の予定が入っているときに僕たちは一緒に来るようになっていた。
「わたしは園子の姉よ」
「美佳さん、……ですよね」
瀬尾さんとの話題に何度も出てきていたし、顔を見た瞬間から察しはついた。想像していた雰囲気とは違うけれど、色っぽい唇なんかは間違いなく瀬尾さんと同じ遺伝子だ。ただやつれてもいて、強い目つきと口調の荒さに気を取られても、それは隠しようがなかった。
「あんたが島田洵だよね? 映画好きな無職の二十四才」
慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして」
向かってくる蔑視があからさまで、怯まずにいることは難しい。お姉さんは次に秋夫を見据えた。
「で、あんたが鈴木秋夫。島田洵の友人」
お姉さんの口調から、瀬尾さんにとっての危険人物が僕であるということが分かった。
「友だちが出来たって言ってたけど、まさか男だとは思いもしなかった」
吐き捨てるように言って僕たちを睨みつける目元は、瀬尾さんにはない鋭さを湛えている。
「園子に会うのは今日を最後にして。今までのことは大目に見てあげる。言ってること分かるよね。目の見えない子に近づくなんてどういう神経してんの、それにこれからどんどん寒くなってくる。非常識でしょう」
僕だってこれからの季節を憂慮しないわけじゃない。でも、近くにはお茶を飲める場所も公共施設もない。だから早く車の免許を取ろうと頑張っている。
「園子には適当な理由言って、明日からここへは来ないって、あんたから断って」
「……」
お姉さんの要求は無茶苦茶だった。望んでもいないのに、どうして僕が瀬尾さんに“さよなら”を言わなければならないんだろう。
黙っているとお姉さんは威厳を込めて言った。
「保護者の私に決定権があるのよ」
僕が拒否しても無駄だと言わんばかりだ。
「アホくさ」
唇を噛む僕の横から秋夫が唐突に口を開いた。僕に向いていたお姉さんの視線は鋭いまま秋夫へと移動した。
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