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#10 彼女に見えた世界
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「ふーん、園子が手術、ね」
部屋で秋夫に今日のことを報告した。
「来週から入院するんだって」
「へえ、そう」
思ったとおり、あまり興味はなさそうだった。
「でさ、手術が終わったら病院に来てって、言われた」
「行けよ。なんか問題あるか」
「大アリだよ。だって美佳さんの作戦――、瀬尾さんが僕を見たらどうなると思う? 想像するだけでああもうっ」
いうまでもなく、僕は瀬尾さんがイメージしてしまった『僕』からは程遠い。不安が増して当然だ。
「心配すんなって。おまえはそっくりだよ、その玉木? 玉城? ――その、なんとかに。自信持て」
あきらかに面白がっている秋夫を力なく睨みつけた。
「“優しい”って評価も出してるだろ。あの女、嘘はついてない」
「……」
僕は深いため息をついた。
秋夫は分かってない。優しいなんて褒め言葉でもなんでもない。たよりないとか情けないとか、そういう言葉と横並びでしかないのに。
「――秋夫、一緒に来てくれないかな」
「はあ?」
「いいじゃないか!」
秋夫がそばにいてくれたら、たとえ、いや絶対に、僕が瀬尾さんのイメージ通りじゃなくても、いつもの自分で彼女と向き合える気がするし、秋夫との掛け合いがあれば、楽しかった公園での日々を思い起こして、顔なんか問題じゃないと気持ちを切り替えてくれるかもしれない。今は、それに賭けるしかないんだ!
「だめ?」
秋夫にずいっとにじり寄った。
あまりに切羽詰った顔をしているのか、秋夫はすごく迷惑そうな顔のあとで、渋々、わかったって、と頷いた。
「よかった」
僕は胸を撫で下ろした。
秋夫が立ち上がった。そろそろメシかな、と恐ろしい嗅覚で階段の下に興味を移している。
「はいはい」
僕も秋夫に続いて部屋を出た。
秋夫の存在に家族がぎこちなかったのは数日ほどで、いつのまにか母さんも弟も秋夫が家の中にいることを受け入れている。秋夫は秋夫で相変わらず太々しいし、家族の機嫌を取ることもない。なのに意外に礼儀は心得てて、誰も不快にならなかった。特に母さんは、自分の息子たちとは異なる性質の秋夫とのやり取りが楽しいらしく、僕たちよりも秋夫の名前を呼んでいることが多い。夕飯のメニューだって秋夫のリクエストばかり通っている。
秋夫は不思議な男だ。そういえば僕の心の鍵も易々と開けたんだよな、と振り返る。趣味が同じだったからというのももちろんあるけど、きっとそれだけじゃない。秋夫は相手をリラックスさせる天性の才能があるんだと思う。もちろん、秋夫にその気があれば、の話。――とにかく、僕はそんな秋夫を見ていると羨ましい気持ちになる。僕にもそういう能力のひとつでもあればいいのにと。……でも、そっと寄り添うことには自信がある。それは僕が病気になったからだ。人の痛みがわかるから。だから、瀬尾さんの目に映った僕が彼女の理想からひどくかけ離れていても、少しだけ時間をくれたら――、挽回できると思うんだ。その時間があることを今は願うしかできないけれど。
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