#10 彼女に見えた世界

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 病室のドアが静かに開いた。  美佳さんが戻ってきたことに気づいたのか、瀬尾さんが素早くベッドに身を沈めた。 「洵、帰ろうぜ」  秋夫が何事もなかったかのように僕を促した。 「う、うん。――失礼しました」  美佳さんにお辞儀をし、逃げるみたいにドアを閉めたけれど、  ―――お姉ちゃんには言わないで。  ドアの開閉音に紛れるように瀬尾さんが呟いた早口が、いつまでも僕の耳に残ったままだった。      +  +  その日の夜、秋夫が言った。 「明日バイト休むわ。園子の見舞い仕切り直すか」  たぶん、怖気づいた僕を思ってのことなんだろう。僕はありがとう、と答えながら、また考える。頭の中はぐるぐるぐるぐる、同じところを回って結局なんの結論も出せないのに、永遠のように考え続けている。  手術は成功した。美佳さんも医師も言っていた。ではなぜ見えないのだろう。瀬尾さんはなぜそのことを告げないのだろう。見えないのに、見えるふりをする……。美佳さんのために? だとしてもそんなことずっとは続けられるわけがない。きっととても不安になっているはずだ。なのに――  瀬尾さんは僕を少しも必要としなかった。  その現実に僕は打ちのめされていた。  “こんにちは、洵くん”  いつも僕の足音を聞き分けて、笑顔をくれた。  認識されることを当たり前だと思い込んでいた。  それだけじゃない。苦しければ、辛ければ、僕には不安や弱音を吐いたり助けを求めるくれるんじゃないかと思い込んでいた。  僕は、瀬尾さんにとっていったいどんな存在なんだろう。
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