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#12 誰かのための嘘
病院からの帰り道、さすがに厳しい顔をしている秋夫の横で、僕も瀬尾さんの目が見えなくなった本当の理由を知り、口数が少なくなっている。
「秋夫」
赤信号で止まったのをきっかけにして声を掛けた。秋夫は横断歩道の先を見据えたままだ。
秋夫は今日、僕のためにバイトを休んでくれた。当日の欠勤は病欠でもペナルティが付くと知っていたけれど、こんなときに傍にいてくれるのはありがたかった。ひとりでは、僕はきっと抱えきれなかった。
「さっきの美佳さんのはなしだけどさ」
おもいきって口にしてみる。
「美佳さんは断定してたけど、根拠ないよね」
「あ?」
「その、つきあっていた人が犯人って……、だってさ」
僕は瀬尾さんから聞いているのだ。“コウちゃん”という恋人のことを。そのときの瀬尾さんの頬が穏やかだったことも嫉妬心に揺られながら見ていた。それに、瀬尾さんが好きになった男が放火殺人をするなんて信じられないし、考えたくもない。……だけどそんな感情論を口にするのは子供じみているように思えて、僕はまた黙る。
「僕、思うんだけど」
青信号で歩き出した足元を見ながら、秋風に押されるように自分の考えを言葉にした。
「美佳さんって当時ひとり暮らしをしていて家にはいなかったんだよね。瀬尾さんからちらっと聞いたことあるんだ。だから家庭のことは、全部は分かってなかったんじゃないかなあって」
秋夫に鋭い眼光で見下ろされて付け加える。
「事件当時の家には瀬尾さんと両親しかいなかったわけでしょ。警察の判断だってあるし」
「だったら調べるしかねぇじゃん」
「!」
秋夫は足を止める。横断歩道の真ん中で。
通行中の人たちが眉を顰めて僕たちを避けて歩いていく。
「まずは園子がつきあってた男を見つけりゃいいんだろ? で、そいつに事情を聞く。場合によっては捕まえる」
「捕まえるの? 凶悪犯かもしれないよ」
反芻して怖くなる。
歩き出した秋夫は僕の質問には答えない。
「そうと決まれば、今から園子の友達に会って来るか」
「え、美佳さんが聞いて無駄だったって」
「ばーか。友達が美佳に本当のことを言ってると思うか?」
「……」
「洵、電話して聞けよ。友達の連絡先」
「今?」
「今じゃなくていつだ。俺は洵と違って労働してんだ。次の俺の休みまで待つのか?」
秋夫はスマホを持っていないから必然的にこれは僕の役割になる。
「あ、もしもし島田です」
緊張しながら、さっき聞いたばかりの美佳さんの番号を押した。
「聞きたいことがありまして」
僕は早口で秋夫の提案を伝えた。美佳さんは、わかった、折り返しメールする、と短く言って電話を切った。数分後、瀬尾さんの友人数人の連絡先が送られてきた。名前の前には◎と〇と△が付いていた。先頭は日野ちずるさんという人だった。たぶん瀬尾さんと親しい順に書いてあるのだろうと予測を立てる。
「じゃあ、行くか」
秋夫は気負いもなく言った。普段の、そろそろメシの時間だな、下に行くか、という響きとそれはまったく同じだった。
「あ、でもその前に電話して確認取らないと」
そうして僕は、見ず知らずの女の子に電話を掛けることになった。
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