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本間さんは結婚し、坂の上に建つ家で暮らしていた。その坂道を僕たちは、しんどいな、と言い合いながら上ってきた。
「ごめんね、坂キツかったでしょ」
本間さんは玄関先で赤ちゃんを抱いていた。僕は、僕をじいっとみつめる赤ちゃんにたじろぎながら小さな声で「そんなことないです」とかなんとか心にもないことを言った。
「園子のことよね」
細い身体で軽そうに赤ちゃんを抱いている本間さんは、同じく軽い口調で瀬尾さんの名を口にした。
「お姉さんに頼まれたって?」
「はい、さきほど日野さんのところへも行ってきました」
本間さんは、へえそうなんだ、と気のない相槌を打った。
「で、なにが聞きたいの」
「瀬尾さんが火事に遭う前のことで覚えていることを教えてもらえたらと思って。悩んでるようだったとか、楽しそうだったとか、なんでもいいんです」
さっきは秋夫に任せてしまったから今度は僕が! と頑張って声を張った。
「ちずるはなんて?」
本間さんの目が探るように僕を見た。だから僕は、数時間前のやりとりを簡単に話した。本間さんは、ふうーん、ふうーん、と赤ちゃんをあやすのと一緒の呼吸で頷いて、素っ気なく言った。
「結局、知らないって言ったのね。お姉さんに聞かれた時と同じに」
「はい」
「それならば私も同じ。特に言えることも知ってることもない」
本間さんの視線はずっと赤ちゃんの上だ。
「ごめんね」
「……」
本間さんの言い方に釈然としないものを感じたけれど、ぴしゃりと目の前でシャッターを下ろされた気がして、僕は何も言い返せなくなった。もぞもぞしていると、僕の横で腕組みをしていた秋夫が口を開いた。
「なんか隠してんだろ、あんた」
相変わらずストレートなヤツだと冷や冷やする。けれど今ばかりは秋夫の援護に縋りたかった。
「仲間同士で結託しなきゃなんねぇ理由がなんかあんじゃねぇの?」
結託、というところに秋夫は力を入れた。
「おまえら本当に園子の友達かよ。知らねぇとか、嘘くせぇ」
断定的に言う。
「騙す相手を間違えるなよ」
「……」
僕は、抉るように本間さんを見る秋夫に腰が引けた。本間さんも息苦しそうにしている。
本間さんは抱いている赤ちゃんを胸に寄せた。急に赤ちゃんが重くなったみたいに、肩に力を込める。
「話さないからって、それを結託って言われると、困る」
「言い訳はいい。知ってることを吐け」
有無を言わさぬ迫力で秋夫がずいと距離を詰めた。本間さんが怖がっている。でも僕は秋夫を止めなかった。
「――――園子には、たぶんカレシがいた」
本間さんが“落ちた”。
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