#12 誰かのための嘘

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「たぶん、っていうのは?」 「……複雑なんだよね、このあたり」 「教えてくださいっ」  僕は秋夫の横から頭を下げて頼み込んだ。本間さんが大きくため息をつく。 「私から聞いたって言わないでほしいんだけど」  もちろんです、と約束をした。 「高2の頃、園子がちずるのカレシとつきあった。でも悪いのは男。ちずるとつきあい始めてすぐ、それを隠して園子に近づいたの。園子に教えてた名前も偽名で、大学生なのに社会人って嘘ついて。ふたりが親友なのも男は知ってた。そもそも、ちずるが持ってた写真見て、あの男は園子に目をつけたんだから」 「……ひどい」  勝手に唇が動いてしまった。本間さんが肩をすくめた。 「もし、園子と私たちの関係が変わったのだとしたら原因はそこ」 「で?」  憤る僕の隣では秋夫が本間さんに“その先”を促している。 「バレたよ、あっさり。写真映りがどうとか言ってどっちにも写真撮らせなかったらしいけど、カノジョだもん、こっそり撮るよね。もちろん私たちに見せてくれた」  本間さんは早口で続けた。 「ちずるだって悔しいし頭にきただろうけど園子もショックだったはず。結局ふたりとも男とは別れたけどね」 「で、友情も終わったと」  秋夫が挟み込んだそれに、本間さんは歪に笑った。 「それはない。仲間内ではふたりはそれまで通りだった。ちずるにはすぐ新しいカレシが出来てみんなに紹介してたし――って、本当のところは本人たちにしか分かんないことだけど」 「瀬尾さんにカレシがいたっていうのは」  気になって聞いた。 「うん、いた。でもいないふりはしてた。もしかしたらこっそり元の鞘に収まって、言えなかったのかもしれないけど、あれから園子は私たちの前で男のハナシは一切しなくなったから」  僕は映画を見ているときのように、瀬尾さんの当時の精神状態を想像してみた。  自分が悪いわけじゃないのに友達を裏切ってしまい、恋人とも別れることになった。苦しかったし辛かった、そして自分をすごく責めたと思う。友達に恋愛話をしなくなったのも心に受けた傷が深かった証拠だ。でも、自分と友達を裏切った男とまたつきあったりするだろうか―― 「園子に男がいたってのはあんたの想像だよな」  僕が黙ってしまったからか秋夫が質問を引き継いでくれている。本間さんは押されるように答えている。 「そんなの、女同士なんだから分かるよ。私だけじゃない、みんなも感じてた。園子にカレシがいたのは間違いない。だけど私たち仲間に聞いて回ったって無駄だよ。園子は自分の意思でカレシの存在を口にしなかった。そして私たちもその意思を尊重した。友達だから見守るってこともあるの。結託なんて、私たちのことをなんにも知らない人に言われたくない」  そこで会話は打ち切られた。秋夫に向けられただろう最後の言葉にも、秋夫は眉ひとつ動かさずに聞いていた。 「あ、ありがとうございました。――行こう、秋夫」  僕は本間さんに礼を言って秋夫の袖を引っ張った。赤ちゃんがグズり出していた。歩き始めた背後で秋夫の声がする。それは僕に向けられたものではなかった。 「園子と日野ちずるのカレシだった男、名前は? 今どうしてる」 「!」  僕は慌てて振り返った。そうか、それを聞く選択肢が残っていた、と遅れて気が付いた。 「あんたらが友達だっていうなら、そのぐらいの情報は持ってんだろ」  容赦のない、棘のある言い方だった。  しばしの沈黙のあと、本間さんがあきらめて口を開いた。
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