#13 元カレ

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#13 元カレ

 本間さんから聞き出した男の名前は、若宮節(わかみやせつ)。源氏名だ。若宮は現在、ホストになっていた。  僕たちは若宮が席を置くホストクラブで彼を待ち伏せた。店前のパネルにはたくさんの男たちが並んでいて、若宮は中央より二段下にいた。写真の大きさから量るに扱いは十人並みといったところだろうか。 「ふーん、こういう男に惚れたんだな、園子は」  キメ顔で写っている若宮を見て秋夫が薄く笑った。 「で、でもさ、印象は違うんじゃない、今と昔とでは」 「あ?」 「ホストっていう職業に合わせてわざとこういったチャラチャラした感じにしてるのかも」  僕はなぜか若宮を庇っていた。瀬尾さんが僕とは正反対の、遊びなれた男を好きになったと認めるのがシャクだったのかもしれない。 「どっちにしても女の扱いには自信があるんだろうな。じゃなきゃ、この職業は選ばねえよな」  秋夫は、そこだけは少し感心した顔をした。 「――あ。ねえ、秋夫。あの人じゃないかな」  僕は早口の小声で言った。  通りの向こうから、スーツの上に黒っぽいジャンパーを羽織った若宮が自転車に乗ってやってきた。僕の中のホストというイメージは高級外車を店の前に横付けしてミンクのコートでも着て颯爽と降りてくる、みたいなものだけど、そんなことができるのは一握りのホストだけなんだろうな、なんてことを思っていると、自転車を停めた若宮が乱れた髪を整えて歩いてきた。 「おい」  なんの躊躇もなく秋夫は若宮に向かっていった。僕も遅れて足を踏み出した。 「おまえが若宮か」  まだ夜になりきれていない空の下、若宮は訝しげに顔を向け、そして後退った。ギャングのような風貌の男に突然に声を掛けられ怯まない人間などいるはずがない。 「なんの用だ、よ」  上擦った声が聞く。  秋夫はすぐに本題に入った。相変わらずストレートに。 「瀬尾園子のことを調べてる」 「は?」  若宮はきょとん、という顔をした。 「知ってんだろ、瀬尾園子。おまえの元カノ」 「……調べてるって?」 「たのまれたんだ。瀬尾園子の新しい男、の家族に」  口から出まかせを言う秋夫を控えめに見遣った。秋夫は平然としている。 「身辺調査のようなもんだ」 「なんだ、そういうこと」  若宮は急にリラックスしたように見えた。額にかかった前髪をかきあげて、僕にまでにこり、と微笑んだ。 「とはいっても、彼女とは会ってないからね、あれから」  「あれから」がいつかは聞かなくても分かった。 「そもそもつきあったのも何週間とかのハナシだし、あんまり覚えてないなあ」  若宮に悪びれる様子はなかった。 「そうか? 二股かけた女はあんたにとっちゃ武勇伝じゃないのか」 「……」 「自分の女の友達に手をつけてバレないと思ったわけ? 浅いな」  秋夫の棘のある物言いに若宮が口元の笑みを止めた。 「俺、責められてる?」 「そういうわけじゃないですよ」  僕は小声で宥めた。  本心では、瀬尾さんに親友を裏切らせておいて、傷つけておいて、なにを抜け抜けと、と思っている。けれどこの男から聞かなければならないことがある。 「瀬尾さんと一度別れましたよね。というか日野さんとも。そのあとまた瀬尾さんとよりを戻したかどうかです」 「……あんたら、ちずるの名前まで知ってんだ。まいったな。――で、なんだっけ、質問。あ、そうそう、また園子ちゃんとよりを戻したかどうかだっけ? もちろん、戻してない」 「本当ですか」 「嘘ついてどうする。――って言ったって、どうせ調べてるんだよな」  !  何も言ってないのに、若宮は勝手に観念した。秋夫が言う通り浅い……。 「俺は正直よりを戻したかった。確かに二股って形にはなったけど時機を見てちずるとは別れようと思ってた。出会う順番を間違っただけなんだよ」  若宮は苦しげに胸を叩いてみせた。芝居がかっている。 「で、あんたはあきらめられずに園子にストーカー行為をしたと」  秋夫が先を急かした。  あちこちの店の看板が点きはじめた。若宮の視線が自分の働くテナントビルをちら、と見上げた。 「どうせそれもさ、知ってて聞いてんだろ」  あきらめ気味に若宮がまた勝手に白状し始めた。 「俺は“新しい男”に負けました。以上」
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