55人が本棚に入れています
本棚に追加
若宮は、裏切られたと言わんばかりだった。
「家の近くで待ってたら、男と帰ってきたんだよね。女みたいな顔の男でさ、細くて、頼りないぼんやりした感じだったな。そうそう、あんたみたいなタイプ」
若宮に指をさされ、僕はかあっとなった。瀬尾さんが僕のような男を好きになったらおかしいとでも言うのか!
「で?」
僕の心情なんかどうでもいい秋夫が若宮にその先を促した。
「相手の男、弱そうだったし、恥かかせてやろうと胸倉つかんだわけ。もちろん、形だけ。けど――」
若宮は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「弱そうに見せてたのは園子ちゃんの前でだけで、彼女を先に帰らせたら豹変した。声も顔つきも変わって『うろちょろすんじゃねえよ。俺の邪魔すると殺っちゃうよ』って。――あれ、ぜったいヤバいやつ」
「ふーん」
秋夫が興味深げに肩を揺らす。
「確かに解せないな。弱いわけでもねえのにそれを女の前で隠す――その男の名前は聞いたか?」
いや、と若宮は首を横に振った。
「なんでもいい、その男のことで覚えてることは?」
「ひとつある。手首のほくろ。俺の手を払ったときに見えた」
「手首に、ほくろ、ね」
「もういいか? 俺、そろそろ店に」
秋夫が道をあけた。
「サンキュ」
ネオンの看板の中へ消える若宮を見送って、僕たちはその場から離れた。
来た道を戻りながら、お互い無言になった。秋夫もなにかを考えているらしく難しい顔をしていた。
僕も、考えていた。
瀬尾さんの恋人“コウちゃん”が、若宮の言ったその男なのだろうかと。一緒に映画を見て手を繋いだっていう、あの相手なのだろうかと。
「洵、これから美佳のところへ行くぞ。今日の報告だ。園子がつきあってた男の手掛かりを教える」
赤信号で止まった歩道で秋夫が言った。
「電話じゃなくて?」
僕は聞き返す。
「電話じゃない。直接だ。どこへ行けば美佳に会えるのか本人に聞いとけ」
わざわざどうして? と聞き返そうとしたが信号が青に変わり秋夫が駅の方角へ大股で歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!