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金髪のロングヘアとラメ入りのドレスがひらりと舞って派手な化粧の女性――、美佳さんが僕たちのところへやってきた。ピンヒールの足元のせいでぐっと背が高くなっている。
「悪いけど、あと十分程度で出番だから手短にね」
目の前に立った美佳さんはいつもとはまるで別人だった。黒く太く縁取られたツケマツゲの目元はもともと迫力のある美佳さんの目を二倍、いや三倍大きくし、グロスでテカらせた唇は扇情的で、数時間前に会ったはずの、僕が知っている化粧気のない疲れた顔とは違う、強烈な色香を漂わせた大人の女性だった。
「で、なにが分かったの?」
「ええと」
僕は視線を泳がせた。美佳さんの胸元が大きく開いていて、目のやり場に困った。
「すげえ変身だな。それで踊んのか?」
戸惑う僕のそばから秋夫が興味津々といった口調を向けた。口笛まで吹く始末だ。
「ちょっと、秋夫」
僕は慌てて秋夫を制した。美佳さんが気を悪くするんじゃないかと心配になった――のに、美佳さんは妖艶なメイクのまま口を開けて笑った。
「客にたのまれれば一緒に踊るよ。ステージでは踊らないけど」
美佳さんは後ろを指して、言った。
「踊り子さんたちは別。あの人たちはプロ」
美佳さんの視線の先にいたのは表の看板に映っていた女性たちだった。ガウンをまとった恰好でお喋りに夢中だ。
「私はシンガーよ」
「そ、そうなんですね」
トップレスで踊る美佳さんの姿が遠ざかり、僕は少し残念で、かなりほっとした。自分の中の矛盾が恥ずかしい。
「六十年代から七十年代の歌謡曲やジャズをピアノにあわせて歌ってる。でもそれだけじゃお金にならないから歌わない時間は客の席に着く」
「瀬尾さんのためですか?」
美佳さんは、まあね、と短く答えた。「さ、報告をして」
美佳さんが気を引き締めたのが伝わってきた。僕はすかさず話した。瀬尾さんの恋人だった人の特徴を。女の人みたいな顔つきで、手首にほくろがあったこと。
「――――手首に?」
美佳さんは呟き黙ってしまった。考えるようでもあり、考えてないようでもあった。なんとなくぼんやりしている。
「レイラ、時間だよ」
黒のロングドレスの女性に源氏名で呼ばれた美佳さんは、現実を思い出したみたいに顔をぐんと上げた。
「ごめん、行かないと。ありがとね」
忙しなく言って、美佳さんは部屋を出ていってしまった。残された僕たちもここにとどまる理由はなく、入ってきたドアを開け退散した。狭い通路を一列になって歩いている途中でピアノの伴奏が聞こえてきた。壁伝いに歩きながら音の方に顔だけ向けた。ライトがふたつになっていた。ひとつは入ってきたときにも当たっていたピアノに、もうひとつはこれから歌う美佳さんにだ。マイクを構え美佳さんが歌いはじめた。おもわず、足が止まった。俗に言うウィスパーヴォイスが広いフロアにセクシーに広がっていく。ゆっくりと客がいる方へ移動しながらメロウに歌いあげる美佳さんをライトが追いかける。と、男性客が近づいてきた。美佳さんが身を屈めた。男性の手が美佳さんの大きく開いた胸元になにかを差し込んでいる。お札、のようだ。美佳さんは首を傾け微笑んでウインクを返している。
「行くぞ、洵」
「――あ、ごめん」
随分前の方から秋夫に呼ばれた。片方の手は重い扉を押そうとしている。僕は小走りに追いつく。店を出る瞬間、もう一度だけ美佳さんを振り返った。美佳さんは歌い続けている。
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