55人が本棚に入れています
本棚に追加
「洵、明日から美佳を張ってろな」
看板持ちやミニスカートの女の子たちの勧誘を交わしながら秋夫が言った。
「どうせ暇だろ」
「暇だけど、どうして」
「わかんねえのかよ」
「?」
さっぱり分からない僕の横で、秋夫はむっつりとしていた。怒っているように見えるだけで、この表情に他意がないことはこれまでのつきあいで確認済みだ。
「あの顔、見ただろう」
秋夫は前を見据えて歩いている。
「美佳さんの?」
「美佳は『手首にほくろ』があるやつに心当たりがあるはずだ」
「えっ?」
「洵が男の特徴を口にしたとき、美佳は明らかに動揺してた」
僕は息を呑んだ。
だから秋夫は、美佳さんに会って報告することに拘ったのか。
「でもなんで美佳さんが知ってること気づいたの?」
思わず聞く。
「知るわけねえし。反応が見たかっただけだ。園子のダチにも当たるつもりだったが手間が省けたな」
「な、なるほど」
「とにかく、美佳はそいつに会いに行くはずだ。俺だったら確かめずにはいられない。そこでだ洵。もしも美佳が危なくなったら」
「分かってるよ、警察に電話だろ」
「……」
「なに?」
秋夫にしては珍しく濁した口元になったため僕は無意識に聞き返した。秋夫がちらり、と僕を見下ろす。その目線で、あっ、と気づいた。何かあったら僕に美佳さんを助けろ、と言おうとしていたのだと。
「――――いや、いいか。警察でいい」
一拍置いて、秋夫の手が左右に揺れた。
かあっと、なった。
「わっ、わかってるよっ、僕だって、やるときはやる! んだから」
どもりながら啖呵を切った。
「ま、まかせてよっ」
「……」
「今までの僕とは、違うんだからっ」
鼻息荒く声を張ったが、秋夫は何も言わなかった。
明日は完全装備で行こうと決意した。
武器になりそうな、――それがなにか今すぐには思いつかないけれど、とにかくいろんなものを持って行こう。美佳さんにもしも危険が迫ったら、瀬尾さんのためにも僕が絶対、美佳さんを守るんだ。
僕は目の前に広がる、夜なのに明るい都会の空をぐっと睨みつけた。
最初のコメントを投稿しよう!