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「美佳」
静かな声が美佳さんの名を呼んだ。
恭二くんを知らない僕には、声色からなにかを読み取ることはできなかった。
「おまえ勘違いしてるよ」
とにかく落ち着いた声だった。
「なにがっ?」
対照的に美佳さんの声は動揺と恐怖とで乱れていた。
「俺が火事に気付いておまえの家に入ったとき、もう火が部屋中にまわっていた。俺はみんなの名を呼んだよ。でもおばさんの声しか聞こえなかった。おばさんは、園子を助けて逃げろ、と言った」
「お母さんのところまでは行けなかった、気を失って倒れている園子をみつけて無我夢中で家の外へ出た――――何度も聞いたよ!」
「俺がリビングに入ったとき、おばさんはまだ生きていた。おじさんの声はしなかった。園子は倒れていた」
「だからっ、それを誰が証明できるのっ? 恭二くんだけの証言でしかないっ」
「でもこれが真実だ」
「信じられないよっ、信じられるはずないよっ。――きゃっ、やだっ、触らないでっ」
湿った泣き声が悲鳴に変わった。僕はとっさにふたりの前に飛び出していた。
「美佳さんから、離れろっ!」
突然壁の向こうから現れた僕に、恭二くんは一瞬無防備になった。僕は両手をぐるぐる回して突進した。恰好悪いけど、持ってきた棒や防犯用スプレーやブザーや、とにかくそれらの武器を出すことすら頭から消えていた。恭二くんは両手で顔の周りを防備してよろめき背中をドアに打ちつけた。
「――洵、島田洵、もういい、だ、大丈夫だから」
美佳さんに腕を掴まれるまで、僕は両手を振り回し続けていた。
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