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力んだ肩を解いて荒い息を整えた。興奮はなかなか冷めない。美佳さんも同じらしく、僕の腕を掴んだ指先は強いままだった。
「――びっくりするな、あんた」
恭二くんの声を受けて僕はようやくその顔に焦点を合わせた。細身で、女性的な顔立ち、口を開かなければ確かに頼りない雰囲気があり、若宮の言っていた特徴に合致した。
この男が瀬尾さんの、恋人……
僕はまじまじと、恭二くんを見た。
外見からは想像がつかない冷えた声を出す男。物騒なことをさらりと言える男。瀬尾さんの恋人で、従兄。その男が瀬尾さんの両親を殺した犯人……。
「あなたが瀬尾さんのお父さんとお母さんを」
ひとりごとのような自分の声に、遅れて現実がついてくる。僕はぐんっと肩を上げた。
「どうしてあなたがっ! 瀬尾さんをだましてっ!」
「島田洵、落ち着いてっ」
「でもっ」
「私たちが興奮しても無駄っ」
気が付けば、僕と美佳さんは戦慄き身を寄せ合っていた。それでも恭二くんから目を逸らせない。恐怖心や憎悪は尋常じゃなく、体の震えが止められない。
「……ったく、なんなんだよ、おまえら」
恭二くんの足が一歩前へ出る。その分だけ僕たちは飛び退いた。
「マジで、怒るよ」
静かな口調なのにまるで恫喝されているように感じる。
「俺が犯人だっていう証拠は?」
「その手首のほくろですっ!」
僕は叫ぶ。
「手首のほくろって、意味分かんないんだけど」
ゆったりとした動作で恭二くんは自分の手首を返した。眺めながらまた言う。
「ほくろって、珍しくないだろ。俺だけにあるわけじゃない」
「――恭二くん」
美佳さんが僕を庇うように前へ出た。
「私、ほんとうはずっとどこかで疑問だった。でもそんなわけないって。ねえ、あの日なぜ家に来たの? ここからは確かに近い。でもあの日に来る理由なんてあったの?」
「それはだから」
何度も言わせるな、と言いたげに恭二くんは苛立ちを見せる。
「たまたま通りかかっただけ。何度も聞いた。けど住宅街だよ、コンビニや飲み屋があるわけでもないよ。そもそもなぜ、恭二くんは外から火事に気づいたの?」
触れれば弾かれるほどの緊張が僕たちの間にあった。恭二くんが否定も肯定もしないから、美佳さんは次の一手を放てない。じりじりした沈黙に呼吸もままならない。アパートのひと部屋から大学生らしい住人が出てきた。ちょっと眠そうな顔で、押し黙った僕たちの脇を抜けていく。引きずるようにして歩くスニーカーの音が離れていってから、再び美佳さんが口を開いた。
「園子と、いつからつきあってたの。いとこ同士が恋愛しちゃいけないなんて私は思ってない。だけど私にまで隠してることないじゃない」
「……」
「今までずっと隠してたってことは、やましいから、よね?」
「……」
「園子が記憶を失くしてほっとした?」
「……」
恭二くんは何も言わない。その表情はどこか人を馬鹿にしたような、それでいて他人事のように淡泊で、それは――どんなことでも口にしてしまえば不利になる――と、計算しているように僕には思えた。
僕の中にゆらゆらと揺れる何かがあった。
それが正義感か、ただ単に嫉妬心なのか分からない。
僕は震えながら一歩前へ出た。
「僕が、必ず認めさせるっ、そして罪を償わせるっ」
「――」
物言わぬ目が僕を冷たく見ていた。
奥歯を噛みしめてから言った。
「僕が、調べます」
「島田洵……」
美佳さんが絶望的な表情で首を左右に振った。僕の宣言が無謀なことは僕が誰よりも知っていた。それでも言わずにはいられなかったのだ。
「お手並み拝見」
恭二くんは薄く笑った。
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