#15 すぐそばにいる人

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 力んだ肩を解いて荒い息を整えた。興奮はなかなか冷めない。美佳さんも同じらしく、僕の腕を掴んだ指先は強いままだった。 「――びっくりするな、あんた」  恭二くんの声を受けて僕はようやくその顔に焦点を合わせた。細身で、女性的な顔立ち、口を開かなければ確かに頼りない雰囲気があり、若宮の言っていた特徴に合致した。  この男が瀬尾さんの、恋人……  僕はまじまじと、恭二くんを見た。  外見からは想像がつかない冷えた声を出す男。物騒なことをさらりと言える男。瀬尾さんの恋人で、従兄。その男が瀬尾さんの両親を殺した犯人……。 「あなたが瀬尾さんのお父さんとお母さんを」  ひとりごとのような自分の声に、遅れて現実がついてくる。僕はぐんっと肩を上げた。 「どうしてあなたがっ! 瀬尾さんをだましてっ!」 「島田洵、落ち着いてっ」 「でもっ」 「私たちが興奮しても無駄っ」  気が付けば、僕と美佳さんは戦慄き身を寄せ合っていた。それでも恭二くんから目を逸らせない。恐怖心や憎悪は尋常じゃなく、体の震えが止められない。 「……ったく、なんなんだよ、おまえら」  恭二くんの足が一歩前へ出る。その分だけ僕たちは飛び退いた。 「マジで、怒るよ」  静かな口調なのにまるで恫喝されているように感じる。 「俺が犯人だっていう証拠は?」 「その手首のほくろですっ!」  僕は叫ぶ。 「手首のほくろって、意味分かんないんだけど」  ゆったりとした動作で恭二くんは自分の手首を返した。眺めながらまた言う。 「ほくろって、珍しくないだろ。俺だけにあるわけじゃない」 「――恭二くん」  美佳さんが僕を庇うように前へ出た。 「私、ほんとうはずっとどこかで疑問だった。でもそんなわけないって。ねえ、あの日なぜ家に来たの? ここからは確かに近い。でもあの日に来る理由なんてあったの?」 「それはだから」  何度も言わせるな、と言いたげに恭二くんは苛立ちを見せる。 「たまたま通りかかっただけ。何度も聞いた。けど住宅街だよ、コンビニや飲み屋があるわけでもないよ。そもそもなぜ、恭二くんは外から火事に気づいたの?」  触れれば弾かれるほどの緊張が僕たちの間にあった。恭二くんが否定も肯定もしないから、美佳さんは次の一手を放てない。じりじりした沈黙に呼吸もままならない。アパートのひと部屋から大学生らしい住人が出てきた。ちょっと眠そうな顔で、押し黙った僕たちの脇を抜けていく。引きずるようにして歩くスニーカーの音が離れていってから、再び美佳さんが口を開いた。 「園子と、いつからつきあってたの。いとこ同士が恋愛しちゃいけないなんて私は思ってない。だけど私にまで隠してることないじゃない」 「……」 「今までずっと隠してたってことは、やましいから、よね?」 「……」 「園子が記憶を失くしてほっとした?」 「……」  恭二くんは何も言わない。その表情はどこか人を馬鹿にしたような、それでいて他人事のように淡泊で、それは――どんなことでも口にしてしまえば不利になる――と、計算しているように僕には思えた。  僕の中にゆらゆらと揺れる何かがあった。  それが正義感か、ただ単に嫉妬心なのか分からない。  僕は震えながら一歩前へ出た。 「僕が、必ず認めさせるっ、そして罪を償わせるっ」 「――」   物言わぬ目が僕を冷たく見ていた。  奥歯を噛みしめてから言った。 「僕が、調べます」 「島田洵……」  美佳さんが絶望的な表情で首を左右に振った。僕の宣言が無謀なことは僕が誰よりも知っていた。それでも言わずにはいられなかったのだ。 「お手並み拝見」  恭二くんは薄く笑った。
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