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#17 もうひとつの恋心
「近所に洵の従妹が住んでてね、夕方に来るように言ってあるの。年も近いし、きっといい話し相手になるわよ」
母さんの言葉に瀬尾さんが、小さく頷いた。
「園子ちゃんのお姉さんは美人さんね」
美佳さんの話題を振ると瀬尾さんの頬にぱあっと明るい笑みが広がった。
「園子ちゃんも美人さんだけどね」
瀬尾さんが不思議そうな顔をした。
「そうなんですか? 私なんだか、自分の顔忘れちゃって。正直に言うとお姉ちゃんの顔も高校生の頃で止まってるんです。卒業して家を出ていってからは歌手になるために忙しかったみたいで、あまり会えなかったから……」
母さんがさりげなく話題を変えた。
「園子ちゃんは将来何になりたいの? 夢やこれからしたいことはあるの?」
買ってきたケーキと紅茶を瀬尾さんの前に置く。
「私のやりたいこと……、なんだろう、思いつかないんです。目が見えているときもそうだった気がします」
僕は瀬尾さんの右手にフォークを握らせた。ありがとうと、瀬尾さんが僕の方を見て、笑う。
「好きなことはあるんでしょう?」
質問に瀬尾さんは首を捻った。
「好きなことですか、うーん、映画や音楽を聴くことと、それからぼんやりすることぐらいかなあ」
「あら、洵と一緒じゃない! って、園子ちゃんに失礼だったわね」
三人で声をたてて笑った。
「クラブや部活は何か入ってたの?」
「なんにもしてなかったです。勉強もあんまり得意じゃなかったけど、運動はもっとダメでした」
「僕も運動、ダメだったよ。母さんもダメだったって前に言ってたよね?」
「あらら。同じタイプの人間が揃っちゃったわね。話が合うはずだわ」
「ほんと、ほんと」
何気ない会話が続いた。追いつめることとは無縁の、和やかな会話だった。なにより暖かい部屋の中で、時間を気にせず好きなだけ瀬尾さんをみつめていられることが嬉しくて幸せで、僕は喉がからからになるまで喋り続けた。
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