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「――――瀬尾さんはグループの士気を上げてくれる頼もしい存在でした。部下のミスは絶対に咎めなかった。『誰も好きでミスはしないから気にするな』って」
「社内で誰かに恨まれていたということはないですか」
僕の質問に彼女はちょっと怒ったように顎を上げた。
「それはないです。瀬尾さんはグループリーダーだったけど管理職で言えば一番下のクラスです。でも仕事が出来なかったわけじゃなくて、誰かを蹴落としたり出し抜いたりしなかっただけです。部下の失敗も自分の失敗にしてた人ですから。人から恨まれるような野心があれば、もっと昇進していたと思います」
気分を害した彼女を見て、瀬尾さんのお父さんが部下に慕われていたことを理解した。
僕たちはその足で彼女から聞いた、瀬尾さんが行きつけだったという小料理屋へ行ってみた。
「――――瀬尾さんかあ、懐かしいねぇ。厚焼き卵が好物でね。あとは梅干大根サラダ。うちのオリジナルなんだけど、いっつも美味しそうに食べてくれたなあ。飲むのはほとんど冷酒だった。たまに会社の部下を連れてきたら若いやつらにつきあって焼酎を飲んでたね」
「当時の瀬尾さんがトラブルを抱えていたとか、悩みがあったようだとか、そういった記憶はありませんか」
僕の質問に店主は虚空を斜めに見上げて唸った。店の中には店主の他に開店前の仕込みをしている奥さんもいて、代わりに答えてくれた。
「たとえあったとしても、瀬尾さんは愚痴を言うような人じゃなかったの。他の人が酔いにまかせて悪口を言いはじめると、まあまあ、良い部分を見てやれよ、なんてやんわり窘める側だったから」
「そうですか」
僕と秋夫は顔を見合わせた。職場同様にこっちも空振りだった。僕たちの様子を見ていた店主が、閃いた、と言いたげに拳をてのひらで叩いた。
「そうそう、瀬尾さんがここで意気投合して長年親しくしてたうちの常連さんがいるよ。その人ならなにか聞いているかもしれないよ。今日も来ると思うけど一応電話しておくからさ、また数時間後に来てよ」
「!」
もちろん、と僕たちは二つ返事で再訪を約束して店を出た。
まだ夜には早い。
僕たちは近くのコーヒーショップへ入ることにした。少し考えを纏めよう、ということになった。
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