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「80年代あたりならリバー・フェニックスかな」
秋夫は胡坐をかいたまま腕組みをした。履歴書はすでに折りたたまれて封筒の中だ。
「あ、知ってる」
僕は身を乗り出した。
ジェームス・ディーンくらいに、その若い死に衝撃が走ったと言われている俳優だ。
「あれだよね、『スタンド・バイ・ミー』」
少年四人の冒険ストーリー、じゃなかったかな? 有名だからタイトルは知っている。
「それもいいが『旅立ちの時』はもっといい。観たことあるか?」
「ううん、ない」
僕がこの六年間に観てきた新作映画の中に、すでにこの世にいない彼はあたりまえだけど登場していないから、彼を観たいと思うきっかけはなかった。
「どんなストーリーなの?」
興味が沸いた。秋夫の唇が滑らかに動き出した。
「リバー・フェニックスは高校生で、両親は指名手配の反戦活動家。家族で長い逃亡生活をしてるんだ。本名も名乗れない、足が付きそうになったら即引っ越す、団結がすべて。そういう絆で結ばれてきた家族だった。実はリバー・フェニックスにはピアノの才能があって、移り住んだ小さな町で音楽教師に見出され音大進学を考えるようになるんだ。けど進学には過去の学校の書類が必要だった。これまでの名前は偽名だしこれからだって逃げ続けなきゃならない。用意しろっていうほうが酷だろ。で、親の方も息子を手放すかどうかの決断を迫られる。息子と離れたら最後、今度は息子にFBIが張り付く。二度と会うことはできなくなる。家族でいることを選ぶか、息子の未来を選ぶか―――、この先は自分で観ろよ。まあ、タイトルで結末は察しがつくだろうけどな」
秋夫は肩をすくめる。僕は笑いながら頷いた。
「確かに結末が読めちゃうがっかりなタイトルだね。でも次はそれを借りるよ。切ない映画はあんまり得意じゃないけど」
秋夫はごろんと床に寝そべった。
「借りてきてやるよ」
「いいよ、悪いよ」
「バイトは借り放題だってよ。客にどんな内容か説明しなきゃならねえから、見れるならいくらでも見ろってさ。だから洵が見たいのを借りてきてやる」
「鈴木くん……」
これって、絆されてる?
他人を急速に受けれていく自分の変化に僕は戸惑った。
同世代の他人と言葉を交わさなくなってずいぶん経つ。高校卒業と同時に離れていった友人たち、自分から遠ざけた友人たち、それでも残った片手で足りる友人たちとも、彼らが就職してからは疎遠になった。あたりまえのことだ。彼らと僕とでは違う時間の世界に住んでいる。まじわれるはずがない。けれど僕には映画があった。映画の中には人生がある。これまで作られた映画もこれから作られる映画も、すべて観ようとしたって死ぬまで追い付かない。終わりがない。最高じゃないか。
けれどそれは、僕のやせ我慢だったのだろうか。そうじゃなければ秋夫と話している今、こんなにも心が弾むはずがない。
「ところでさ、鈴木くん」
喋り過ぎて喉がカラカラになったところで、改まって聞いた。
「鈴木くんのこと、秋夫くんって呼んだら嫌かな?」
「別に」
「『秋夫』って呼び捨てじゃ、嫌だよね?」
「んなのどっちだっていい」
無関心な秋夫になおも食い下がる。
「よくないよ。本人の意見が大事だし」
「好きに呼べよ」
「そういうわけにはいかないよ」
「面倒くせぇヤツだな」
心底ウザそうに秋夫は目を細めた。だから僕は悩んだ末、『秋夫』と呼び捨てにすることを宣言した。
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