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俺は土手に放置された自転車を見つけると、それを勝手に拝借して全力でこぎ出した。
チェーンの錆びた自転車はギシギシと抗議するような音をたてるが、それでも自前で走るよりも何倍もの距離を稼いでくれる。
やがて、駅周辺のショッピングモールの地下街へと走り込む。
距離の割に地区がちがうせいか、ここには鉄塔がなくなった影響はないようだった。電気はしっかりと通っていて、他の連中はあたり前の日常を過ごしている。
切れ切れになった息を整えながら両手を膝に起き、視線で周囲を確認する。
ここなら大勢の人間がいる。
殺しの対象である俺にすら同意を求めるような相手なら、ここであの光線銃もどきを乱射することはできないハズだ。
他の連中を盾にするような行動に抵抗がないわけじゃない。
だが、こいつらの幸せのための生け贄に俺はされそうになっている。
それを自覚していようがしていなかろうが関係ない。
何度か深呼吸をしてからスマホをとりだし、時間を確認する。
「そろそろ15分経つな……」
そう呟いた瞬間、スマホの画面が乱れた。
それは俺だけではなかったらしい、周囲にもスマホをもった連中が動揺しているのが見てとれた。
「もう来るのか? それとも来ている途中なのか?」
「さぁ、この場合、どっちになるんでしょうね」
声はすぐ後ろから聞こえた。
甘さの消えた、ただ高いだけの声は耳障りで、俺の鼓動を跳ねあげる。
「いろいろと考えたようですけど、すべてに置いて浅いですね。
隠れるのをあきらめたのは賢明でしたが、こちらとしては記録に残らなければいいというだけの話なので、人混みは障害にはなりません。
この格好は、イベントだろうと勘違いしてもらえますし」
「だが、ここでアレを撃てば周囲の連中巻き込むことになるぞ」
「この場を選んだ、あなたがいいますかね。
ですが、それもどうとでもなる話です」
そう言って冷たい色をした手が俺の袖を握る。必死にふりほどこうとするが、腕はピクリとも動かない。
「じゃ、いきますよ」
そう告げると、彼女の身体は地下街の床を透過するように沈ませ、その場所へと俺をひき込んだ。
四方が壁だけの出口も入り口もない空間へと引きずりこまれる。
天井を見上げるが、当然逃げ道など残っているはずがない。
デタラメだ。
デタラメすぎる。
ここまで、能力や技術に差があったら、戦いどころか追いかけっこにすらならないじゃないか。
「悪いですが、まだ絶望するには早いですよ」
俺の腕を放すと、あたりの空気が重苦しく変質する。
身体にかかる圧力から、部屋の重力が高くなったのだと察知する。
それも少しずつ強くなっていきやがる。
体中にまんべんなく襲いかかる見えない圧力。
血流が乱れ、目の前が暗くなっていく。
呼吸もうまくできない。
「やはりあなたたちには、自らを律する心という物が欠けている。
仲間のために自分を犠牲にしようという愛情も。
そんな種族を相手に交渉なんてできっこない」
「だったら、なんでおまえはここにいるんだよ」
「予定では、あなたたちを統率する優秀なリーダーが現れるハズだったんです。いや、実際に現れていました」
「だが、不幸な事故で、それが実現不可能になりつつあったと……」
脳を必死に動かし、あるかもわからない打開策を探る。
だが、考えれど考えれど、そんな奇跡を起こす方法なんて思いつかない。
人は素手でライオンに勝つことはできない。いまは言葉が通じる相手だから、俺の命に使い道があるから生かされているだけだ。
圧倒的な戦力差に絶望が芽生えはじめる。
銀色に身をつつんだそいつは、余裕綽々に腕を組んだまま俺を見下ろしている。あるいはこの超重力は自分には作用しないようになっているのか。
だが、俺はそんなヤツの姿に疑問を覚えた。
どうして、やつは時間制限があるにもかかわらず、こんな遠回りなことをしているのだと。
ヤツの目的はリーダーとかいうヤツを生き返らせること。
その代償に俺の命が必要で、それを可能なら同意の下で行いたい。
故に俺は俺を殺せばそれは同意したと同じことだと投げやりな勝負を挑んだんだ。
相手との実力差は最初から予想していた。
敗北するであろうことも。
悔しいが、予想通りの展開だ。
予想以上に歯が立たなかっただけで。
だが、どうしてこの後に及んでヤツはあの光線銃を撃ってこない?
ここならば、外したとしても周囲に被害はでない。
玉数に制限があるのならば、足でも折って動けなくすればいい。なのに、どうしてそれをしないんだ。
ヤツがそれを思いつかない。
あるいは思いついても実行しない理由はなんだ?
俺は高重力という拷問を受けながらも、その答えを妄想し、苦しみながらも笑みを浮かべた。
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