彼女が空からやってくる

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「リーダーが死んでしまったこと自体は問題ではありません。  もともとそうなるだろう事が予想され、このムーベが開発されたんですから」  どこか疲れたような表情で、美少女は言う。 「ただし、先ほども言ったように、いくつかの使用条件があります。たとえば使用対象の死後60分以内でなければ効果が発揮できないとか」  いつの間にか陽は傾き、彼女は夕日を背負っていた。  銀色のボディースーツに赤みが差す。 「だから、こちらにももう余裕なんてありません。あなたからの提案を呑むことになります」  顔から友好を演出していた、笑みが消える。いや、それはもっと前から消えていたのかもしれない。 「でも、いいんですか? こうみえてアタシ強いですよ」  そう宣言すると、首から下までだったボディースーツが、表情を隠すように頭を覆う。  さすがに虹色の長髪はしまいきれないようで、露出したままだ。  銀色の表面に赤い紋様がうかびあがる。  まるで「これこそが私の真の姿だ」と言わんばかりだが、そういう風にボディースーツが作られているのだろう。現在の人類を遙かに超える彼らの技術で。  とにかく、慈悲なのか余裕なのか、なかば自暴自棄で出した要求は幸をなした。  彼女から、60分逃げ切れば俺は見逃される。リーダーとやらがどこに居るのか知らないが、移動時間を考慮すればタイムリミットはもっと短いかもしれない。  この先の未来がどうなるかなんか知ったことか。  だいたい、人類滅亡を語った予言者たちは、ことごとくその予知をはずしてきたぞ。 「篠崎一歩さん、ハンデです。15分だけ待ちますから、その間に全力で逃げてください」 「まるで鬼ごっこだな」  挑発的に笑って見せる俺だが、銀色の仮面に覆われた彼女の表情は見えない。 「その余裕、あとで悔やむことになるぜ」  俺は答えない彼女を背に、その場から走り去る。  途中、気になっていた鉄塔のもとにいくと、幻影(イリュージョン)ではなく、ほんとうに消えていた。  切れたままの送電線が危険だが、素人がうかつにさわっていいものではないだろう。  すでに薄暗くなりはじめた周囲だが、あたりを照らす電灯に明かりが灯る様子はない。  なんとなく、元鉄塔だった物を手にしてみる。  ひょっとしたら、体積だけ圧縮されて、もとの重量があるのではないかと想像したが、以外にもそれは本物の硬球程度の重量しかなかった。硬度に関してはカラーボール並みで、力を加えるとあっさりと形を変形させる。ただ、限界はあるらしく一定以上の形には変形しない。 「これなら物の持ち運びとか超楽になるんだろうな」  こんなことをアッサリやってのける連中の、なんだかわからない科学力をあらためて思い知る。  連中の正体に対する仮説が、あまりにもバカバカしくて、自分でもそれが本当なのか確信できないでいるが……。  夕日に背を向け立ち尽くすままの彼女の姿をチラリ確認する。  どうして、彼女らは俺たち地球人類と交流を持とうと考えたのか。そして、どうしてまだその手段に踏み切らないのか。 「遠くに逃げなくていいのですか? 全力をださないと後悔しますよ」  仮面に覆われた顔はこちらを向いていない。それでも、こちらの位置はつかめているらしい。  ということはどこかに隠れたとしても無駄なことなのだろうか。  とはいえ、俺に時間を与えたということは、移動速度にも自信があるのだろう。  ならば、どうすればいい?  なにが相手の弱点だ?  考えろ、考えるんだ。  あいつを出し抜いて生き抜くにはどうすればいい?
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