惨劇

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伝令を出そうとした側背の三方向から巨大な怪物が斜面を駈け登って来るのが見えた。怪物はその巨体にも拘わらず、凄まじい勢いで迫って来る。 前方陣地の全員が後背で起きた異状に気を取られている間に、前面の斜面から射撃を掛けて来ていた敵も斜面を駈け上がって陣地に迫って来た。 今や稜線上で前面に敵、側背を正体不明の怪物に襲われ、小金井小隊は潰滅しつつあった。ある者は敵の射撃を受け、またある者は怪物に体を喰い、引き千切られて……次々と倒れて行く。稜線上の此処彼処から死に怯える絶叫と断末魔の叫びが上がる。 その時小金井は前面の斜面を駈け登って来た露西亜兵と白兵戦を闘っていた。大柄な露西亜兵は、小銃を手に小金井に覆い被さる様に乗し掛かって来る。露西亜兵の力押しに必死に抵抗していると、木下曹長の怒号が耳に飛び込んで来た。 「し、小隊長殿ぉ!」 露西亜兵と組み合いながら声の方へ目だけを向けると、怪物に馬乗りにされた木下の姿が見える。次の瞬間、怪物が木下の首筋に喰らい付き、血飛沫が上がる。 木下の絶叫を聞きながら『ああ、木下も駄目だ……糞っ!』渾身の力を振り絞り、辛うじて露西亜兵を跳ね退けた。立ち上り腰に佩いた洋刀(サーベル)を抜き、露西亜兵に振り掛かろうとしたその時――胸を熱い物が貫く。
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