神乃馬

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霞谷は何かを思い付いた様に、俯いていた顔を上げて立ち上がると一人、天幕覆(テント)を出て行った。 それからの一時間余り、中隊は出撃準備で慌ただしかった。出撃する騎兵と中隊兵站部は出撃に際し携行する火器弾薬、糧食や必要装備等の用意と点検を、中隊配属の獣医官と装蹄官は出撃馬匹の馬体点検や削蹄、蹄点検等、中隊の全員が彼方此方(あちらこちら)を忙しなく動いている。 やがて出撃予定時刻の十五分前となり、各騎兵が騎乗馬匹への装鞍、装備の積載を始めた。彼等の兵科は通常の騎兵とは区別され、『特別襲撃騎兵』と称されている。それはある特定の敵に対応する為に設けられた兵科であった。そして、彼等の要する装備がより一層、任務の特殊性を表していた。 その装備が『神乃馬(かんのめ)』と呼称される乗用軍馬であった。 神乃馬(かんのめ)――それは岩手県三陸海岸沖に浮かぶ『神洲馬島(こうずめじま)』にのみ生息する固有種で、その馬格から古来『神の馬』として島民に崇められて来た馬だった。 その最大の特徴は、平均体高ニ百センチ、平均体重一千キロ超に達する優れた馬体とこの種の大型重種には無いサラブレッドやアラブに匹敵する走力である。 数ヵ月前、前線に現れた露西亜軍の正体不明の獣に対し、体格に劣る日本軍歩兵では対抗出来ず、砲兵や機関銃はこの獣の動きに追従出来なかった。
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