惨劇

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荒涼とした大地――その遥か上空の高みから満天の星空と下弦の月が、地表に張り付く全ての者を照らし出さんとしている。 その星光月光の下、用心深く周囲を窺いながら歩みを進める影が点々と浮かび上がる。 影の一つ一つから、大地を踏み締める軍靴の足音、身に付けた装備の擦れる音、手にした小銃の可動部が当たる音、そして緊張から荒くなる呼吸を抑えようと整える息使いが聞こえ、それらが冷えた空気を震わせる。 その幾つかの影は、小高い丘の頂き、稜線まであと僅かの場所に間隔を取り横に散らばっている。 横一列に並んでいる影の一つが、列中央の影に近づいて行く。 「小隊長殿、稜線手前に散開完了しました。稜線下は援斜面で視界良好です」 若い兵卒から報告を受けた『小隊長』と呼ばれた男も報告した兵卒とそう年齢は変わらないように見える。『小隊長』と呼ばれた若者は少尉の階級章を着けており、その階級章の真新しさが、彼の戦地における経歴の如何を語っている。 彼は若い兵卒が、熟練の小隊本部付下士官である曹長から「一言違わず報告してこい」と言われたのだろう、と想像を巡らしながらその曹長が陣取る稜線の最先端まで進んだ。 「木下曹長、どうだ様子は?」彼はそう言いながら傍らに伏せて双眼鏡を構えた。
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