惨劇

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「月明りもあり、視程は二キロ近いです。今の所、視界内に異状ありません。小金井少尉殿」熟練の――と言っても小隊長の若者より重ねた年齢は十年あるかどうかと思われた。 しかし、この十年の違いが軍隊という狭小で特異な世界では天と地程の経験差を産み、生と死を分ける事が屡々(しばしば)あるのだ。だから、若い少尉も熟練の曹長に階級の垣根を越えた敬意を払い、曹長もその敬意に見合う忠誠を示すのだ。軍隊における規範は軍紀だけでなく、この絶妙なバランスで保たれていた。 「よし、此処に監視哨を置く。簡易陣地を構築。側背へ警戒線を張れ。翌朝まで此処に止まる」 「了解。簡易陣地を構築し、側背に警戒線を張ります。翌朝まで滞陣」 要領良く復唱すると、木下曹長は後方へ下がり小隊の下士卒に次々と命令を下した。三十分程すると、その場所に一個小隊による監視哨が完成し、小隊の各員が配置に付き月明りに照らされた稜線は静寂に包まれた。 小金井小隊が稜線に監視哨を構築する四時間前、監視哨から稜線を挟んで八キロ程離れた場所に明らかに帝国陸軍とは軍服も装備も異なる一団があった。異なるのは当然の事――何故ならその一団は小金井小隊を初めとした帝国陸軍が対峙する露西亜陸軍の 一部だったのだから。
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