惨劇

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正面――斜面を下って平坦になった先の森の中に何かが居る気配がする。樫井は小銃の槓捍を引き、立射の体勢で真正面に意識を集中した。この寒さなのに手袋の中の掌が汗ばむのが分かる。白い息を小さく吐いた時、急に自分の左側に気配、というより何かの存在をはっきりと感じ顔を向けた――。 その一瞬、巨大な棍棒で殴られた様な衝撃が左側頭を襲った――。その衝撃は樫井の体を三十メートル程も弾き飛ばした。そして樫井は自分を襲った者の正体を見る事は無かった。 樫井の立っていた所から三十メートルばかり離れた辺りに樫井の頭部と体、持っていた小銃や身に付けていた装備等が無残に散らばり、血の匂いが立ち込める……。 後方警戒陣地の塹壕内に残っていた、他の五人は凄まじい衝撃音に、ある者は目を覚まし、またある者は体を震わせていた。 北野が恐る恐る塹壕から顔を出すと、目の前は真っ暗で視界が効かない。一瞬何なのか分からず目を凝らすと、上から何か生温かい物が首筋に落ちて来た。血と唾液の混ざった異臭が鼻を吐く。 上を見上げて分かった――。目の前にあるのは暗闇では無く、得体の知れない巨大な物体――いや、怪物だった。それが分かった瞬間、左肩に激痛が走る。巨大な怪物は北野の左肩に噛み付き、鋭い牙を打ち立てるとそのまま持ち上げ振り回した。その度に骨の砕ける乾いた音と北野の断末魔の絶叫が響き渡る。
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