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既に出尽くしたと思われていた涙が再び両目に溢れ、ポタリ日記帳に染みを作る。
いけないと思って目を拭うも、拭った先から視界がボヤけ、玉のような大粒の雫が頬を伝っていく。ポロポロ、ポロポロと止めどなく。
二十年連れ添った夫が、最後の最後に抱えて込んでいた秘密。私はそれに気付く事すら出来なかった。
確かに違和感を覚える事が幾つかあったものの、それはこの二十年の間にも何度も起こってきた心身が時間の影響を受けた事によりもたらされた変化。ほんの些細な事だとしか考えておらず、あまつさえ私への不貞、愛情の欠落への疑い念すら抱いていたのだった。
そうして夫が自ら命を絶ったその理由を、今の今まで知る由もなかったこんな女を、どうして妻と呼べようか。こんな女のために夫が受け入れた苦しみは、どれだけものだったろうか。
悔しさ、悲しさ、彼への慈しみ。頭は混乱し、全身は発熱し、胸は切なく、涙の理由は自分でも判然としなかった。
私は自分を責め立てるように、もう一度床の上の手紙へ目を向ける。
『どうか二人とも、幸せに生きてください』
他人行儀なその述懐を、目を閉じ何度も反芻してから、手元の日記を読み返す。
去年の六月八日。この頃には既に、彼の戦いは始まっていたのだろう。
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