第一話:俺、Mかもしんない

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第一話:俺、Mかもしんない

「俺、Mかもしんない」  机を合わせ弁当を食べてた友人が、俺のひと言で凍りついた。  ひとりは電柱というあだ名の背の高い男。  もうひとりはグリ子というあだ名の小粒な女子。 「「それってどういう意味?」」  バッチリ呼吸のあった幼馴染みふたりが口をそろえてたずねる。 「ん~」  俺はどう答えるべきか言い淀む。  幼馴染みとはいえ、言い難いことのひとつやふたつはある。 「モンちゃん、それって服のサイズの話?」  細身な電柱の質問に俺は首をふる。 「イニシャルだよね。  モンくんの名前、猿山(さるやま)文吉(もんきち)だからM・Sだし」  ドングリに似た体型のグリ子の質問にも俺は首をふる。  ちなみに、こちらのあだ名の由来にお菓子メーカーは関係ない。  ドングリを想像させる体型と鈍くささのせいだ。  それをグリ子と略すようになったのだ。  さすがに鈍くさいからドングリやドン子ではイジメだろう。  ちなみにその優しい命名者は俺だったりする。 「んなわけあるか。  だいたい服のサイズやイニシャルがMで悩むやつがいるか」 「「それじゃやっぱり……」」  怒る俺にふたりはまたも声をあわせて言う。 「「モンキーのM」」 「ウッキー! 誰がサルだ!!」  グリ子の頭頂部に拳をグリグリとおしつける。 「痛い、痛いよモンくん。背ぇ縮んじゃうからやめて」 「安心しろ、おまえの背は縮んだところで問題がない。  なぜならおまえはすでに世界最小の女子高校生だからだ。誰かに抜かれる心配なんかない」 「そんなことないもん。  学区内では一番かもしれないけど、世界をみれば私より低い子だっているはずだもん」  涙ぐむグリ子に容赦なく制裁を続ける。 「それより、なにを根拠にそんなこと思ったの。自分がマゾだなんて?」  グリグリするのがちょっと面白くなっていた俺に電柱が聞いてくる。 「ん~、それはな」  教室の右をみて左をみる。  すでに大半の連中は昼飯を食い終わり外にでている。  残っているのは俺たちの他に、大声でおしゃべりをしている女子グループぐらいだ。 「実はな最近、黒音(くろね)のことが気になってな」 「黒音って、隣のクラスのあの黒音このをさん?」  目を丸くするふたりにうなずいてみせる。  それは学校屈指の有名人の名前だ。  学力優秀、運動抜群、そして大金持ちの娘にして超のつく美少女。  小柄で清楚ないでたちに、猫を思わせるミステリアスな瞳。  なんというか俺の貧相な語彙では語りつくせないほど魅力的な人物だ。 「すごい人気だよね」 「ああ、キン肉マンでいえば完璧超人クラスだ」  電柱の言葉にうなずき、俺は机の上につっぷす。 「やっぱ、倍率高いよなー」 「でも、変なウワサも聞くよね」 「誰がなにを言おうと、そんなことはどうでもいいんだよ。  それよりも俺が仮に告ったとしても、上手くいくとも思えないんだよな」 「「あー」」 「なんだ、おまえらその納得したような」  みためチグハグなふたりだが息はぴったりだ。 「モンくん運動出来るし、明るいから、結構人気あるのにね」 「ただ、見てる分には楽しくても、恋人にするのは遠慮するって子が多いんだよね」  小さな弁当箱を手にしたグリ子が俺をフォローすると、その脇で嫉妬でもしたのか電柱が口を挟む。 「まぁ、どっちにしろ黒音さんは高嶺過ぎる花だね」 「自分でもわかってるって。  でもよ、やっぱあきらめられないんだ。  彼女のことを考えると、心が熱くなるのに同時に悲しくもなるんだ。  なのに考えることをやめることもできない」 「恋ってそういうものだよ」  まだ中身の残った弁当のフタをグリ子が閉じて言う。 「やっぱ、俺ってMなのかなー?」  とても辛いのに、黒音への想いから逃げだしたいとは思わない。 「普段はむしろSなのに」 「誰がだ」  中指を立てた形に変えた拳で、より鋭角的にグリ子の脳天に押しつける。 「痛い、それホント痛いからやめてー」 「そういうとこを嬉しそうにするのがSだって」  電柱の指摘を無視して、椅子に腰掛け窓の外をみる。 「はぁ……」  俺の気分とは裏腹に天気はスカッと晴れていた。
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