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第5話 戦う意味
「ふんっ!」
勇也はトレーニングルームで1人、訓練用のヴァルフェを構え、力強く握りしめている。
先輩である空護は、潟上とともに護衛の任務に就いている。勇也も行くのかと思えば、勇也にはまだ早い、と空護に追いていかれた。そのため1人でマナのコントロールの訓練をしている。
マナをこめたヴァルフェの刃は青白い。勇也は刃を白くしようと、込めるマナを減らしてみたが、特に色が変わることはない。反対にマナを思いっきり込めてみたが、更に青色が深くなるだけだった。
コントロールが上手くいかず、勇也は一度刃を消した。成長する兆しが見えず、勇也は途方に暮れた。
「どうしようか…」
覇気のない声が勇也の口からこぼれる。勇也は大きくため息をついた。
沈黙が訪れたトレーニングルームに、バタンと扉を力強く開ける音が響いた。
「おつかれー!どう、自主練頑張ってる?」
踊るような足取りで、清美がトレーニングルームに入ってくる。
「中田先輩。あの、マナのコントロールってどうすればいいですか?」
まさに渡りに船。勇也は情けない顔から一変し、顔を輝かせ清美に駆け寄った。
「マナのコントロール?うーーん。まずヴァルフェ使ってるとこ見せて欲しいな」
清美は後輩に頼られて嬉しいようで、ふわりと顔をほころばせた。
「はい!」
清美に言われ、勇也は再びヴァルフェにマナを込めた。
その刃は青白く輝いており、清美は刃と勇也の手と顔をじっと観察した。
「うん。やめていいよ」
「はい」
清美に促され勇也はマナを込めるのをやめる。
「まず、マナのコントロールで大事なのは「量」と「流れ」なの。量が足りなければヴァルフェの刃は形成されないし、流れが悪いと切れ味が鈍る。不具合がある場合、量は形、流れは色にでるようになってるわ」
勇也は自分の刃を思い出す。色こそ青くなっているが、形がぶれたことはない。
「で、清水は量は問題ないと思う。オノなのにあそこまで形をしっかり保ってるなんて、相当マナあるのね。でも、流れには問題有り。マナを込めるとき、どういう感覚でやってる?」
「マナを込めるときですか?こう…ぐっ、と。力いっぱい、やってます」
あまり意識していなかったせいか、勇也はたどたどしい口調で伝えた。清美は予想通りの回答に、苦笑いを浮かべた。
「だと思った。手にめっちゃ力込めてたもんね。でもそれだと上手くいかないよ。もっとこうスムーズに流れるように。穏やかな川みたいなイメージで」
清美は右手を、右から左にするすると動かすジェスチャーをした。
「穏やかな川、ですか」
「うん。今の清水は多分、濁流みたいにどぱぁっとマナが流れているのよ。でもそうじゃなくて、サラサラの流れる川をイメージした方がいいと思うな」
さらさらと流れる川。勇也は頭の中で、自分のマナが静かにヴァルフェに入るイメージを浮かべた。
「やってみます」
勇也は深呼吸してヴァルフェを握りしめた。
マナを込めすぎないように。穏やかな川のように。
勇也はゆっくりとマナを込める。初めはマナが少ないせいで刃の形はぶれたが、徐々に形をなし、青みがかった白い刃が出来上がる。
「むむむっ…」
勇也はマナを調整しようとしたが、形がぶれたり色が変わったりと上手くいかない。いくらか試行錯誤してみたが、白い刃にはならなかった。
勇也は一度休もうと刃を消した。息苦しくて大きく息を吸い込む。
「呼吸、止まってたよ」
清美が自分の口を指さした。勇也は指摘されて初めて、自分が呼吸を忘れていたことを思い出す。通りで息苦しいわけだ。
「はい!」
「さっきよりもよくなったけど、なんというか、体が硬いんだよね。もう少しリラックスした方がいいかも」
「はい」
清美の言葉を聞いて、勇也は体をほぐそうと動かす。素直に言うことを聞く後輩を、清美は微笑ましく見守った。
ばたん、とトレーニングルームの扉が荒々しく開かれた。その先には敏久が立っている。
「蛭山地区でサルの群れが出た。オレと清水でいく。中田は留守番を頼む」
敏久の威厳のある低い声が響く。その声を聞いて勇也も清美も、スイッチが入ったかのように背筋を伸ばした。
「「はい!」」
勇也はヴァルフェを取りにかける。
「あと、俺たち飯食ってくるから遅くなる」
その場に残った清美に敏久が声をかける。
清美はその言葉を聞いてにやりと笑った。勇也にもこの時期が来た、と清美は察した。
「分かりました!留守はお任せください!」
清美の元気な返事をきいて、敏久はエアカーの方に向かう。清美は、帰ってきた勇也になんて声をかけようか、と楽しげに想像した。
蛭山地区の畑が十数匹のサルのビーストに荒らされている。畑の持ち主の家は近くにあり、そこに避難しているようだ。彼らは無力にも、自分たちの畑があらされているのを見守ることしか出来なかった。
勇也達が乗っているエアカーは到着する。2人はすぐさま飛び降りて、ビーストの元へ駆けた。
ビーストは体長1mほどで、灰色の太くごわついた毛におおわれている。勇也達を認識すると甲高い鳴き声とともに襲ってくる。
勇也もヴァルフェを握りしめビーストたちに立ち向かおうとした。
「待て。俺たちの戦いかたはそうじゃない」
今にもかけ出そうとする勇也を敏久が制した。敏久は拳を構えじっとビーストを睨んでいる。勇也もそれに倣う。
「ぎりぎりまで引き付けて」
ビーストたちは敏久の目前まで迫っている。ビーストの1体の前足が振り下ろされる。敏久はその攻撃を紙一重でかわし、拳につけたヴァルフェ、アイアンナックルにマナを込める。
「ぶちかますんだ」
敏久の拳が白く輝き、ビーストの頬を殴りつける。ぐしゃりとつぶれるような音を立てて、ビーストの頭は砕け、血飛沫が飛び散り、バラバラの肉片となった。他のビーストたちもすかさず敏久に殴りかかるが、敏久は最小の動きで躱し、カウンターを決めていく。
躱しきれないと判断すると、己の拳をビーストの前足にぶつけた。そしてビーストの前足は砕け、後方に飛んでいく。
勇也は敏久の戦いを理解した。勇也にも言えることだが、敏久のスピードはビーストに劣る。だから自分から攻めるのではなく、迎え撃つ。先手必勝ではなく、後手必勝なのだ。
勇也もビーストを待った。空護のスピードになれた勇也には、ビーストの動きがよく見える。そして、たとえスピードで劣っていても、タイミングさえ合えば躱すことは容易い。ビーストの攻撃を躱し勇也はバトルアックスを横に薙いだ。青白い刃がビーストを真っ二つに切った。
勇也はビーストの攻撃を躱しながら、バトルアックスを振りかぶるタイミングを探した。
先日のウサギのビーストの時より、随分と戦いやすく、この戦い方は自分に合っていることに気付く。
ビーストの前足がまっすぐ勇也に向かってくる。
まるでスローモーションのように見えて勇也は、直感的にいける、と思った。バトルアックスにマナを込め振りかぶり、その攻撃ごとビーストを叩き切る。
勇也の両手に、ビーストの重みがかかる。しかし大した抵抗もなく青みがかった白い刃が、ビーストの前足から頭までを切り裂いていく。ばたりとビーストの体が地に伏した。
あたりを見渡せば、ビーストたちは皆死体となっている。鉄臭さが鼻についた。
勇也達がエアカーで死体を回収しようとすると、畑の持ち主であろう若い夫婦が駆け寄ってくる。
2人は血生臭い場にも関わらず、嬉しそうに顔をほころばせている。
「ハンターの皆さん、ありがとうございます」
妻の方がぺこりと頭を下げた。
「あなた達が来てくれなかったら、僕たちの畑は全滅でした」
夫はそういうと、無事だった畑のほうに視線をやった。ビーストが荒らしていたのは幸いにも一部分で、大半には実りの近い作物が収穫を待ち望んでいる。
勇也は、2人のうれしそうな様子をみて心が暖かくなり、自分も口元を緩めた。
勇也達はエアカーに死体を乗せ空を駆けるが、ホークギャザードには向かわなかった。
「班長、どこにむかってるんですか?」
不思議に思った勇也が敏久に尋ねる。
「飯屋だ。今日は特別だぞ」
敏久はちらりと勇也をみると、いたずらっ子のようににぃっと口角を上げた。エアカーは降下し、こじんまりとした木造の定食屋の前に着陸した。
勇也はエアカーを降りると、定食屋を観察した。その店は一階建てで、入り口には暖簾が掛けられ、看板にはシンプルに「定食屋」と書いてある。
敏久は慣れたように暖簾をくぐって店に入る。勇也も後を追うように店に入る。
店の中はカウンター席のみで、奥には珍しいことに調理用機械がなかった。現代の飲食店では、効率化と人件費削減のため、調理は機械が行う。人間が行うことは、それぞれの店の味が出る様機械を調整するだけだ。
しかし、この「定食屋」にはその調理用機械はなく、どうやら店主が料理を行うようだ。
「おう、としじゃねえか。そいつは新人か?」
敏久はここの常連なのか、店主が気さくに声をかけた。店主は敏久より年上のようで、頭にタオルを巻き、骨ばった男だった。
「そうですよ。最近はいったやつです」
敏久も店主に敬語こそ使っているが、声からは気安さが感じられる。
「清水勇也です。よろしくお願いします!」
勇也は店主に深々と頭を下げた。
「はは、おれはしがねえ飯屋の店主だ。そんなかしこまらなくていいよ。さて、2人とも何にするんだい?」
勇也は頭をあげ、周りを見渡しメニューを探した。どうやらここは壁にメニューが掛けられているようだ。カレーやラーメンなどバラエティに富んだメニューの中、勇也の目を引いたのは「かつ丼」の文字。勇也の腹がきゅう、と切なく鳴った。
「オレはかつ丼です」
勇也は店主に注文をすると、先に腰かけていた敏久の隣に座った。
「オレは天ぷらそばで」
「あいよ。ってとしはまあたいつものかよ」
はっはっは、と店主は豪快に笑いながら注文を受けた。カウンターから厨房が見え、店主が手際よく調理をしているのが見える。
「清水は、なんでハンターになったんだ?」
料理の様子を夢中になって見つめる勇也に、前振りもなく敏久が話を振る。
「…仇を見つけるためですかね」
突然の問にも戸惑うことなく、さらりと勇也は答えた。勇也の答えを聞いて、敏久は目を瞬かせたあと思い出したように、あぁ、と声をもらした。
「…お前は、通り魔事件の生き残りだったもんな」
鷲巣市で起きた、謎多き通り魔事件。敏久は他の人よりも、良く知っている自覚はある。しかし、それを勇也に伝えることはない。
「なんで知ってるんですか?」
「履歴書に違和感があったからな。確かに清水は鷲巣出身だが、10年前急にセーフゾーンである鶴秋(かくしゅう)市に引っ越し。そしてグレーゾーンである鷲巣にまた戻ってきた。変だと思って少し調べさせてもらった。すまんな」
敏久の話を聞いて、勇也は素直に納得する。確かに安全であるセーフゾーンから、ビーストという危険のあるグレーゾーンに移動する人はなかなかいないだろう。でも勇也は仇を探すためにも、鷲巣に戻ってくる必要があった。
「あはは、そうですよね。セーフゾーンの方が生きやすいですもん。確かに、穏やかな暮らしでした」
勇也は過去を思い出しながら、ぽつりぽつりと話始める。
「両親を失ったオレは、国から補助金が出てセーフゾーンで1人、暮らしてました。10年前は、悲しくて寂しくて、何もせずに生きていました」
家族を失った勇也が持っていたのは、憎しみや恨みよりも悲しみや寂しさだった。何をするでもなく、ただ布団にくるまって両親のことを想って泣いていた。
「そうやって何年も過ごして、少しずつ立ち直れたんです。それである日こう思ったんです。『これから何をしようか』って」
補助金のおかげで、働く必要もなく静かに日々を生きていた。綿のうえで暮らすような、穏やかな日々。柔らかな毎日の中で、勇也の悲しみは少しずつ癒されていった。きっと、あの穏やかな日々は自分に必要だった。
だから、今の生活ではもの足りないと思えるようになった。
「そして、オレは両親の仇を討とうと思って、ハンターになったんです」
勇也は獣人のことは伏せた。言っても信じてもらえないとおもったからだ。
勇也の話を聞いて、敏久は一瞬眉をひそめた。しかし、すぐにいつも通りの顔に戻り真面目くさった声で尋ねた。
「仇討ちか。それが悪いとは言わんが、それが終わったあとはどうするんだ?」
「終わった、あと?」
勇也は敏久に聞かれ、初めて仇を取ったあとのことを考えた。勇也には今まで、自分がかたき討ちを果たせるビジョンが思い浮かばなかった。大した手がかりもなく、調べようにも何もできないのが現状だからだ。
万が一、仇を取れたら、自分はどうするんだろう。
「いいか、清水。ハンターっていう仕事はな、終わりがないんだ。人間は遥か昔から野生動物と戦ってきた。終わることのない戦いだ。そもそも、人間と野生動物っていうのは、お互い相いれない存在だ。しかし、どちらかを滅ぼすこともできない。生態系が壊れてしまうからな」
敏久は力強い言葉でこんこんと説教をした。アルティメット・ビーストは人間が戦い続けなければいけない問題である。
人間がどれだけ進歩しただけ、ビーストも進化する。解決に終わりはない。
ゆえに敏久は勇也に問うた。ハンターを続けられる理由を。
例えば、清美のようにビースト全てが仇というならいい。彼女の強い意志なら、その手足が動かなくなるまで戦い続けられるだろう。
例えば、昌義のように仕事に誇りを持っているならいい。彼は崇高な志を持って、ハンターであり続けられるだろう。
だが、敏久は知っている、勇也の仇討ちはいつか終わることを。
敏久は勇也の言葉を待った。もし彼が仇討ち以外に理由を持たないのなら、勇也はハンターを続けられないから。
勇也はうーんと唸り、腕を組んで考え込んだ。そして恐る恐る敏久を見上げる。
「えっと、潟上先輩や中田先輩みたいに、立派な志とか、揺るぎない決意とかは、ないです」
ぽつり、ぽつり、勇也はたどたどしく話す。そして一度言葉を切ると大きく息を吸った。
「でも、オレが戦うことで誰かが笑ってくれるのが嬉しいです。だからオレは、仇を取ったあともハンターを続けたいです」
勇也がハンターとして働いた時間など大してない。それでも、勇也の記憶にはビーストから護った人達の笑顔がはっきりと残っている。
ハンターの仕事は、分かりやすく人のためになる。目に見える形で誰かの力になれることが、勇也にとって嬉しかった。
勇也の答えを聞くと、敏久は目を見開き嬉しそうに笑い勇也の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ははっ。いいんだよそれで。仕事っていうのは、誰かのためなることをやるもんだ」
勇也の頭をぐしゃぐしゃにして満足したのか、敏久は手を離した。
2人の前に店主がごとりとどんぶりを置く。それぞれの前にかつ丼と天ぷらそばが置かれた。
かつ丼も天ぷらそばも出来立てで湯気が立ち上っている。大盛りに盛られたかつ丼からふわりと出汁の匂いが香って、勇也は唾を飲んだ。
待ちきれないというように、勇也は割りばしを取る。
「坊主もなかなかいいこと言うじゃねえか。としがハンターやる理由より随分立派だぜ」
いただきます、と元気よく挨拶してから勇也は店主の顔を見上げる。
「親爺、それは言わないでくれよ」
はははと、敏久は困ったように苦笑いをした。
話についていけず、勇也がぼうっとすると店主が話を続ける。
「としはなぁ、若いころはやんちゃで、喧嘩ばっかりしてたんだ。見兼ねたこいつの親父がとしをハンターに就職させたんだよ。『そんなに血の気が有り余ってるならビーストと戦っとけ』つってなあ。幸いにもハンターの仕事は性にあったみたいで、今や部下を率いる立場になったわけだ」
勇也は先ほどの敏久の戦いぶりを思い出す。あの荒々しく勇ましいファイティングスタイルは、人間相手に身に付けたのだろうと推測する。勇也は失礼なことに、敏久がやんちゃだったことを聞いて、違和感を持たなかった。
敏久は照れくさいのか頭の後ろをがりがりと掻く。
「もう昔の話だろう」
敏久はごまかすようにそばをすすった。
しかし、店主は知っている。敏久は自分にこの話をしてほしくてこの店にくることを。敏久は新しくホークギャザードにきた人は、全員この店に連れてくる。そして、ハンターになったきっかけを聞くのが一連の流れだ。
ハンターを続ける理由が一生物でさえあればいい、というのが敏久の意見だろうと店主は予測している。尊い思想や輝かしい夢じゃなくてもいい、それを伝えるために敏久のエピソードが必要だが、自分でいうには恥ずかしくて、この店に来る。
敏久は口では恥ずかしがっていても、なんだかんだとまたこの店にくるのがいい証拠だった。
店主は、がつがつと豪快にかつ丼に食らいつく勇也に視線をやった。明るく見ていて気持ちのいい少年である。悲しい過去をもつということが信じられないくらいに。
「こら坊主。飯は逃げねえんだから落ち着いてくえ」
そういって店主は勇也に水のお替りを渡す。
「ありがとうございます」
勇也は慌てて口の中のものを飲み込み、店主にお礼を告げる。
「いいってことよ」
まっすぐな目をしたこの少年の成長が楽しみだと、店主は笑った。
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