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きっかけ…由実子目線
「ね、ちょっと!ちょっとってば、」
黒いスーツに身を包んだ人たちが静かに並ぶ中、後ろから小声で話しかけてきたのは楓。
「なに?お焼香が済んでからにしてくれる?」
口元に人差し指をあてながら、振り向いたのは由実子。
今日は共通の友人のお葬式。静まり返る室内に響く読経を聞いても、まだ実感がない。
➖まさか、典子が、死んでしまうなんて…➖
突然の友人の訃報が届いたのは3日前。
こんな場面でも、思いつくと話さずにはいられない楓だが、それもやはり実感がないからだと由実子は思った。
「はーい」
声に出さずに答えた楓。
参列は少しずつ祭壇の前へ進んでいく。
親族席の前まで行くと、一礼する。
「このたびは……」
その後の言葉が出ない。
典子のご主人が、深々と頭を下げてきた。
突然の妻の死に、憔悴しているというより現実感がないのだろうか、泣いているようには見えず心ここに在らずといったようだ。
それはその横に並ぶ、成人している息子と娘も同じように見えた。
その後ろでは典子のお母さんと思われる人が声を殺して泣いていた。
つられて涙が込み上げたが、きゅっと唇を噛んでこらえた。
お香をつまみ、お焼香をする。
手を合わせた後そっと目を開け、祭壇を見た。
幸せそうに微笑む典子の写真には、カトレアの花が飾り付けてあった。
➖どうして死んじゃったの?どうしてあんな死に方を選んだの?➖
写真の典子と目が合うのに、もう答えてはくれない。
お葬式も終わりに近づき、棺が開けられ典子の周りに花が入れられる。
「どうぞ、ご友人の方からもお花を。綺麗にしてあげてください」
斎場の人に勧められて蘭の花を受け取った。
白や黄色、薄いピンクの花に囲まれて典子はとても綺麗だった。
不思議と、悲しみより労いの言葉が出た。
「典子、おつかれさま」
小さくつぶやいた。
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