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「これはご主人から今しがた聞いてきた話。でもね、典子本人から聞いたわけじゃないから、ご主人の想像も入ってるの」
一応、前置きをする。
「そうだよね?死人に口なしとかいうもんね」
「こら、楓、それはちょっと違うから」
藍子が牽制する。
「続けて」
と詩織。
「もともと典子は、更年期障害の症状がひどかったみたいでね。それも数年前からで、この時期に特に症状が出てたみたい。今年もそうで、ご主人はいつものことだからとあまり深く考えていなかったらしくて」
うんうんと、うなづく面々。
「ヒステリックになったり、寝込んだり、子どもたちやご主人に当たり散らしたりとかね。でも時期が過ぎればおさまるからと、みんな堪えてた。ただね、今年はすこしいつもと違ったんだって、状況がね」
みんな黙って聞いている。
コクリとビールを飲んで続ける。
「典子の実家って近所でしょ?なんかね、自分のお父さんが認知症になってね、同じようなブレーキの踏み間違いの事故を3回も起こしてね」
「え?3回も?免許は返納させなかったの?」
楓の質問。
「免許を返納させてしまうと、買い物も病院も足がなくなるからって、なかなかできなくて。それでもさすがにこれはヤバいからと免許を返納させたらしいの。そしたらね、認知症の症状も進んで、徘徊も始まってね」
「あー、それはツラいね、でも、実家は典子のお姉さんが継いだんじゃなかった?」
藍子。
「そうなんだけど、お姉さんは独身だし仕事しなきゃいけないからって言って、専業主婦の典子に押しつけてきたらしいの。それで典子は、買い物や通院、用事ごとまで全部車を出してやってあげてたみたい。自分だって体調が悪いのにね」
ふぅ、とため息をつく。
続ける。
「亡くなった日も、きっといろんなことが重なって、精神的にいっぱいいっぱいで、だからヒステリックに家族に当たり散らしたらしい。晩御飯の時にね。
その時は娘さんがなだめて、話を聞いて落ち着いたらしい。
もう寝るからって寝室に入ったらしいよ」
みんなは黙ったまま聞いている。
「そっとしておいた方がいいとみんな思ってね。そのまま朝までほっておいたんだって。
でもね、夕方になっても起きてこないから息子さんが、おかしい、気配がしないって部屋に入ったら…
ストッキングをね、ドアにね…」
ひっ!とみんな息を殺す。
「慌てて救急車呼んだけど、もう冷たくなってて。検死の結果はね、娘さんと離れてからすぐって…」
うわ、と顔を覆う詩織、澪。
カウンターの向こうで女将さんの動きも止まった。
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