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典子の棺は、斎場を後にした。
ちらほらと帰る人達。
「やっぱりね、介護がきつかったんじゃないの?」
「そればかりじゃないみたいよ、ご主人外に女がいたとかいう噂もあるし」
「それにしてもねー、まだ50才だよ。子どもたちも成人してこれから楽になるって時にねー」
あちこちから聞こえてくる典子の噂話。
➖もういいじゃないか!いまさら何を言っても典子には弁解すらできないのだから!➖
そう声をあげたくなったけど、やめた。
「恥ずかしいからやめてって、由実子!」
そんな典子の声が聞こえてきそうだったから。
「ね、由実子、これからちょっと時間ある?」
いつのまにか楓が横に並んで立っていた。
「んー」
腕時計を確認する。
健吾との約束まではまだ時間があった。
「いいよ、夜には予定があるけど」
「よかった、なんかね、このまま家に帰るのって寂しいというか…誰かと話がしたくて」
明るめの肩までの髪を耳にかける仕草は、楓の癖だ。
何か、あらたまった話がある時の。
「そうだね、私もちょっとこのまま帰るのはなんだか気が重い」
答えながら健吾の顔を思い出していた。
「あー、はっきり言ってよ、お葬式の後にそのまま彼氏に会うのは気が引けるって」
「バレた?」
「まぁいいよ、彼氏との約束の方が先だったんでしょ?お葬式より。そりゃ仕方ないわ。
それよりも、いい感じの喫茶店を見つけたのよ、この前散歩してて」
「つきあうよ、そこ行きたいんでしょ?」
「やったー、じゃいこっか?あ、喪服ってどうかな?着替えないとダメ?」
「いわゆる今風のカフェとかじゃなきゃ、いいんじゃない?気にしなくても」
「それなら大丈夫、昔ながらのってお店だから」
歩きながらタクシーを拾った。
斎場からその喫茶店【春爛漫】までは、タクシーで10分ほどだった。
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