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大通りから一本入った、あまり目立たない場所にその喫茶店はあった。
入り口横にある店名のステンドグラスの看板は、もう何十年もそこにあるかのように、おそらく赤や青や緑や黄色の春らしい色が、ぼやけて全体がセピア色がかっていた。
からんころん🎶
入り口のドアには、今では懐かしいドアベルがついていた。
「いらっしゃい」
年代物みたいなカウンターの奥から、キャップをかぶったマスターが声をかけてきた。
こじんまりとした店内は、昭和の時代からそのままそこにある雰囲気だ。
ふかふかのビロードのソファに、テーブルに置かれた100円玉を入れて占うマシン(?)もある。
「カウンターでいい?」
楓が聞いてきた。
チラッとマスターを見たけど、うるさく話に入ってきそうなふうには見えない。
「うん、いいよ」
「マスター、私、ブレンド、あ、由実子は?」
「私もそれで」
「はい、わかりました」
そう言うとマスターは、カウンターの奥にあった棚からコーヒー豆を出して丁寧にドリップを始めた。
ふぅ!とため息をつく。
「んー、疲れたね、なんかね」
頬杖をつく楓。
「そうだね、典子がね、まさか…ね」
祭壇に飾られた遺影を思い出す。
「私たちグループの中じゃ一番幸せだと思ってたんだけどな」
楓が言う。
「最近会えてなかったから、よくわからないんだよね、典子のこと。あ、そうだ!」
由実子は1か月ほど前、典子からLINEがきてたことを思い出した。
「これ、見て!先月、典子から届いてたんだけど…」
開いたLINEには、簡単に近況を知らせる話とそれからいい病院を知らないか?と書いてあった。
「え?病院ってなんの?」
由実子のスマホを覗き込んでいた楓が聞く。
「その後も読むとわかるんだけど、介護付きの老人ホームみたいなやつと、それから心療内科だった」
更年期のせいか、体調が思わしくなくて介護をするのも大変なんだと書いてあった。
近所に住んでいる自分の両親の介護に、自分の時間が取られてしまうと。
「更年期なら婦人科じゃないの?」
「私もそう思って、評判のいい婦人科を教えたの」
由実子は、不動産の営業という仕事柄、そういう情報には長けていた。
「で?行ったのかな、典子」
「多分行った、その病院の薬の袋がリビングにあったのを見たから」
由実子は典子の訃報を聞いてその日の夜に一度、典子の家を訪ねていた。
念のためということで、検死があるからと典子はそこにはいなかったが。
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