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「そういえばさっき、何か話たがってなかった?楓」
「ん…典子が死んじゃってさ、ちょっと考えちゃって」
「なにを?」
「私たち、もうアラフィフでしょ?いやまぁ、私は数年前に50過ぎてるけどさ。平均寿命の半分はとっくに過ぎてるわけよ!」
「まぁ、そうだね」
「このままだとこのままで人生終わっちゃうわけよ!」
「このままとは?」
「自分のこともちゃんとできない旦那のご飯作ってパンツ洗ってさ、そのうちどっちかの、へたすりゃ両方の親の介護が始まってさ、そして孫が生まれたら孫の世話だよ?」
「ありきたりだけど、そうだね」
コトリ、と二つのコーヒーが出てきた。
楓と私の会話を邪魔しないようにそっと、それは置かれた。
「じゃあさ、私は?私の時間はどうなるの?もう半分もないんだよ?元気で自由がきく時間なんてあと数年かもしれないんだよ?」
ピッチャーからミルクを勢いよく注ぐ楓のコーヒーは、一滴テーブルに落ちた。
「わかったから、そんなに荒くしないで、せっかくのコーヒーが、ほら、もう」
ごめんなさいとおしぼりでテーブルを拭く。
「由実子はいいよね?健吾さんだっけ?彼氏がいてさ、現役の女だもんね」
「え?私の話?」
「そう!結婚して子どももいて仕事も正社員で、そして彼氏がいるって!全部持ってるもんね!」
「いや、お金はないよ、ほんとにギリギリだから」
私は働きたくて正社員で働いているんじゃない、できれば楓みたいに近所の雑貨屋さんかなんかでアルバイトくらいがいいと思ってる。
「そのうえさ…」
「まだ何かある?私に」
「彼氏がいても、そのことが旦那さんにバレてるかもしれないのに、それが許されてるってどうなの?」
「はは…それは、まぁね…」
10年ほど前、夫の浮気と借金が同時に発覚した。
その二つの事由があれば、立派な離婚請求になるのはわかっていた。
それでも離婚しなかった。
離婚しても借金があるような夫からは、慰謝料も取れないし、相手の女に負けたような気がするから、離婚は踏みとどまった。
当時小学生だった3人の子どもたちのことも考えたら、離婚は得策じゃないと思えた。
とりあえずは借金を返す、そのために正社員の職を探した。
不動産の営業なんてやったことなくて、それでもやらなくちゃいけなくて、慣れないことにオタオタしている時に健吾に出会った。
ある日、疲れ果てた帰り道、健吾に誘われて飲みに行った。
お酒のせいもあって、私は自分の家庭の事情をしゃべっていた。
久しぶりのお酒に酔って、気がついたらラブホテルの部屋だった。
「これで、ご主人とおあいこになるでしょ?」
そう健吾が言った。
➖あぁそうか、意外と簡単に浮気ってできるんだな➖
それがその時の感想だった。
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